若手弁護士の情報法ブログ

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家裁調査官の論文によるプライバシー侵害、国家賠償を認めた判決(東京高判平成30年3月22日、原審:東京地判平成29年2月13日)

10月9日、第2小法廷で判決が予定されている、個人的に要注目の事件です。

最高裁の開廷期日情報 

最高裁判所開廷期日情報 | 裁判所

 

1 事案の概要

 家庭裁判所調査官(便宜上「A」といいます。)が自身の担当した少年保護事件を題材として、精神医学雑誌の医学論文に応募し公表されました。これについて、当該保護事件の少年が原告となり、Aの行為によりプライバシー権等を侵害され精神的苦痛を被ったとして、大阪家裁所長等の職員がAを指導・監督する義務を怠ったとして慰謝料を求める国家賠償請求事件です。

 なお、一審判決で記載されている点からすると、原告は、本件とは別に、A個人に対する損害賠償請求訴訟を提起しているようです。*1

 

 主な争点は次の3つです。

①Aによる公表行為が国賠法にいう職務執行性に該当するか

②公表行為によるプライバシー等の侵害の有無

大阪家裁の職員によるAへの指導・監督義務とその違反の有無

 

 ただし、一審判決を読む限り、争点②について、国側の主張は「否認ないし争う」となっているものの、具体的な反論は皆無です。よって、論文の公表によって原告のプライバシーが侵害されたことは原告・被告間で特に大きな争いにはなっていないようでした*2

 

2 一審:東京地判平成29年2月13日

 結論:請求棄却

 

 東京地裁は、争点①については、Aの公表行為は家裁調査官としての職務とは無関係の個人的な行為であるとして、職務執行性を否定しました。

 そして、争点③について、Aが事前に家裁に提出した論文に関する執筆届(家裁職員による決済を経たもの)には、当該論文が添付されておらず、家裁職員において論文公表によるプライバシー侵害について具体的な予見可能性があったとはいえない等として、指導監督義務を否定しました。

 

 結局、争点②のプライバシー侵害の有無についての判断は全くされないまま、原告の請求を棄却しました。

 

3 2審:東京高判平成30年3月22日 

 結論:請求一部認容(30万円の慰謝料を認めた)。

 

争点①:職務執行性

 争点①は、一審と同じく否定です。

 

争点②:プライバシー侵害

 争点②のプライバシー侵害等は次のとおり認めました。

 まず、原告(控訴人)の特定可能性については、次のように判示し、肯定しました。

本件論文において、記載の対象となっている少年を含む関係者の氏名及び同少年の進学した学校名を記載せず、本件保護事件の係属時期も明らかにしていないことを考慮しても、控訴人の家庭環境、学歴の詳細又は中学校ないし高校における上記各エピソード・・・の全部又は一部・・・を知る者にとっては、記載の対象となっている少年が控訴人であることを特定することが可能であるというべきであり、そのような者は相当数存在することが推認される。

 

 次に、プライバシー侵害については、次のように判示し、肯定しました。

控訴人の非行事実、控訴人及びその実父母の成育歴、控訴人の家庭及び学校での生活状況、本件保護事件の経過並びに本件保護事件の処分の処分の内容等の事項について、何ら事実を加工することなく、詳細に記述をしているところ、・・・他人にみだりに知られたくない控訴人のプライバシーに属する情報であるというべきである。

本件論文に記載された内容は、控訴人の名誉を棄損し、又は毀損しかねない情報及び極めて私的な領域にわたる情報が含まれている上、情報取得の経路の面でも、家庭裁判所における少年保護事件の手続において得られたもので、少年を適正な保護処分に処する目的のために提供された情報であって厳格な管理が要請されるものであることを考慮すると、・・・本件論文に記載された内容を公表されない法的利益がこれを公表する法的利益に優越するというべきである。・・・本件論文に記載された上記プライバシー情報が、症例の理解に不可欠であるとの主張はない。 

 

 そして、本件公表行為は、控訴人のプライバシー権を侵害するものであって不法行為に該当するとしました。

争点③:家裁職員による指導監督義務違反

 一審では、執筆届に当該論文原稿は添付されていなかったという事実認定でした。

 しかし、東京高裁は、別件訴訟での尋問でAが原稿を添付したと供述していたこと、Aが、直属の上司に査読してもらっていた旨電子メールに記載していたこと等を根拠に、執筆届に論文原稿が添付されていたと認定しました。

 

 そして、次のように判示し、家裁職員による指導監督義務違反を認めました。

・・家裁調査官は秘密保持について特に厳格でなければならないとされている・・・のであるから、その表現活動が公務員の守秘義務に違反するものでないか、事件関係者その他の者のプライバシーを侵害し名誉を棄損するものでないかも、上記決済に際して確認の対象として含まれているものと解される。  

 

本件執筆届には本件論文の原稿が添付されていたのであるから、これを一読することによって本件論文が控訴人のプライバシーを侵害し名誉を棄損するものであることは本件執筆届の決済を行う本件大阪家裁職員において認識することができたというべきである。したがって、本件執筆届の名宛人である大阪家裁主席家裁調査官において、上記プライバシー侵害及び名誉棄損を防止するため、Aに、本件論文をプライバシー侵害及び名誉棄損のないように修正させるか、その公表を差し控えさせる注意義務があったというべきところ、同調査官にはこれを怠った注意義務違反が認められる。

 

 そして、慰謝料額については、侵害された権利の要保護性は高いとしつつ、論文が掲載された雑誌の読者は精神医学に関する医師や臨床心理士がほとんどであること等の事情を考慮して、30万円としました。

 

4 雑感

 一審と二審で結論が変わった事件であるだけに、上告審でどのような判決がされるのかは非常に興味深いです。

 

 本件は、金銭目的あるいは嫌がらせによるプライバシー侵害の事案とは全く異なり、学術研究の一環としての論文の公表という点が大きな特徴です。精神医学の学術研究である以上、一定程度は少年の背景や言動、疾患について触れざるを得ない部分はあるでしょうし、あまりにプライバシー保護に傾くと、この種の学術研究が委縮して精神医学の発展が阻害されかねない危険があります。

 ただ、判決文には論文内容はあまり詳細に記載されていないので推測になりますが、本件は、学術研究の必要性という限度を超えて、あまりに詳細あるいは不必要な私的情報が記載されていたという事案だったように思われます(一審で国側がプライバシー侵害について特に具体的な反論をしていないことからも、それは推認できます)。

 

 高裁判決が「(筆者注:被控訴人である国から)本件論文に記載された上記プライバシー情報が、症例の理解に不可欠であるとの主張はない」と指摘していることからしても、学術研究というそれ自体は真摯かつ極めて正当な目的のためであったとしても、その研究のために本当にその情報を盛り込むことが必要かという視点を持つことが重要ということでしょう。 

 

 なお、高裁判決の認定を見る限り、執筆届への論文原稿の添付について、国側は事実に反する主張を行ったことになりそうです(本当は原稿が添付されていたのに、添付されていないと主張した)。決済を担当した職員において論文原稿を確認したかどうかは、本件の判断にあたって非常に重要な意味を持つことから、国側としても論文原稿の添付の有無については十分確認したはずです。にもかかわらず、事実に反することを知りながら、原稿は添付していなかったと主張したのであれば、国として決して許される態度ではなく、国あるいは裁判所に対する信頼を失墜させかねません。この点は強い非難に値するのではないかと考えます。

 

*1:詳細は不明ですが、不法行為に基づく損害賠償請求と思われます。

*2:国側がプライバシー侵害を徹底的に争っていたのであれば、当然その主張の要旨が一審判決に記載されるはず。