若手弁護士の情報法ブログ

某都市圏で開業している若手弁護士が日々の業務やニュースで感じたこと、業務において役に立つ書籍の紹介等を記していきます。情報法・パーソナルデータ関係の投稿が多いです。

草野判事個別意見に見る法解釈の技法

この記事は裏 法務系Advent Calendarのエントリーです。

 

裏 法務系 Advent Calendar 2020 - Adventar

 

Legal ACには今回で3年目・3回目の参加となります。一種のお祭りに参加しているような感覚で、私自身楽しんで記事を書くことができますし、実務の第一線で奮闘されている方々の多様な記事を読めることは大いに勉強になります。

改めまして、幹事を引き受けていただいている@kanegoontaさん、ありがとうございます。

 

 

過去2回の記事は文献紹介でしたが、今回は趣向を変えて、草野耕一最高裁判事の個別意見を取り上げようと思います。

弁護士出身の草野判事は、昨年2月13日の就任以来、積極的に個性的な個別意見を出されており、一流の実務家・学者が集う最高裁判事の中でも強烈な存在感を示しています。

なお、最高裁のHPによると、最近で一番の趣味は「勉強」とのこと。すごい・・・。

 

草野判事は、企業法務の専門家であるだけでなく、「数理法務」として数理的技法を用いて法律問題問題を分析されることでも有名です。草野判事の「数理法務のすすめ」は確率や統計を法的分析に生かしていくという内容となっており、非常に刺激的な本なのですが、私自身数学的素養に乏しく、ほとんど理解できていません・・・(この本をスラスラと読み解けることが1つの目標です)。

 

数理法務のすすめ

数理法務のすすめ

  • 作者:草野 耕一
  • 発売日: 2016/09/09
  • メディア: 単行本
 

 

 第2小法廷で審理されている案件について、草野判事の個別意見が付されないか、密かに楽しみにしている法律関係者は多いはず(?)。

 

本記事は、個人的に印象に残った草野判事の個別意見をいくつか取り上げて、その法解釈や法的思考、アプローチを解説するとともに、法律実務家として日々の法律問題にとりくに取り組む際のヒントを考えていこうと思います。

  

1 最判令和2年10月9日:家裁調査官の論文によるプライバシー侵害が争われたケース

この判決については、以前ブログでまとめました。

wakateben.hatenablog.com

 

多数意見は、過去の判例を引用し、プライバシー侵害の有無について利益衡量の判断枠組みを用いました。

しかし、草野判事は、結論は一緒であるものの、その結論に至る理由が多数意見と異なる「意見」を述べ、以下のように論じます。

 

すなわち、被告である家裁調査官が本件プライバシー情報を知り得たのは、少年法に基づき本件保護事件を調査する権限を担当裁判官から与えられた結果に他ならないとし、本件プライバシー情報を学術目的等に利用し得る場合があるとしても、被上告人の改善更正という同法の趣旨に抵触する態様で本件プライバシー情報を利用することは許されないとし、一般のプライバシー侵害案件に使われる判断枠組みだけでは適切な評価を行い得ない事案であるとします。

 つまり、当該調査官は少年事件を取り扱う専門職の業務において本件プライバシー情報を入手したのであり、その情報の取扱いには厳しい制約が課せられていることを重視しています。

  そして、以下のように述べ、「本件公表における本件プライバシー情報の利用は、被上告人の改善更正という少年法の趣旨に抵触する態様」であったとします。

上告人Y1(注:調査官)は,本件保護事件が不処分により終了してから僅か半年後に本件公表を行っており,この時点において,被上告人は,高等学校の生徒として多感な時期にあったことがうかがわれる。また,原審の認定によれば,本件論文の記載内容は,被上告人に関する情報を有している読者が対象少年を被上告人と同定し得る可能性を否定することができないものであったというのである。しかも,本件プライバシー情報の中には,被上告人が幼年時代に経験した深刻な出来事等も含まれており,多感な時期にあった当時の被上告人が本件公表の事実を知ったならば,いかほどの精神的苦痛を受けたか,そして,そのことが被上告人の改善更生にいかほどの悪影響を及ぼしたか,これらのことに思いを致すと,おそれにも似た感慨を抱かざるを得ない。

 

つまり、草野意見は、従来の判断枠組みをそのまま使うことを戒め、専門家たる立場において極めてセンシティブな情報を取得したという点を重視し、多数意見の判断枠組みにのることを否定しました。

 

先例がある場合に、安易にそれに追従するのではなく、先例の射程を十分見極め、当該事案特有の事情がないかを慎重に検討することの重要さを示すものといえます。

 

 

2 最判令和2年9月16日:タトゥー施術行為の医師法違反の有無が争われたケース

 

判決は、彫師によるタトゥー施術行為につき医師法上の医行為を否定し、無罪としました。

 

草野補足意見では、(検察官が主張する)保健衛生上危険な行為と業として行うことだけで医業足りうるという解釈をとった場合、「タトゥー施術行為に対する需要が満たされることのない社会を強制的に作出しもって国民が享受し得る福利の最大化を妨げるものといわざるを得ない」とし、そのような解釈をとることはできないとしました。

 

タトゥー施術行為は身体への一定の侵襲を伴うものであり、危険性があることは否定はできないところです。この危険性を強調すると、医行為を広くとらえて医師でない者によるタトゥー施術行為もこれに該当して処罰をするという方向になりやすいです。

 

しかし、補足意見は、危険性という一部分だけにとらわれるのではなく、大局的な視点で国民全体にとってプラスとマイナスどちらが大きいのかを判断することを求めております。

つまり、これまでの歴史的な経緯からして、タトゥーが我が国の習俗として行われており、また美術的価値や一定の信条ないし情念を象徴する意義も認められており、そのようなタトゥー施術行為への需要が存在していることを重視します。危険性やデメリットに偏るのではなく、俯瞰的に、需要といったプラス面・ポジティブな面にもバランスよく目配せすることの大切さを示しています。

 

3 最判令和2年2月28日:業務中に第三者への傷害事故を起こした被用者から使用者への逆求償が認められるかが争われたケース 

判決は、被用者が使用者の事業の執行について第三者に損害を加え、その損害を賠償した場合には、被用者は使用者の事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防又は損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から相当と認められる額について、使用者に対して求償することができるとしました。

 

草野判事は、菅野博之判事と共同で補足意見を出しています。

その中で、使用者と被用者のリスク分担として、以下のような判示を行いました。

使用者は変動係数の小さい確率分布に従う偶発的財務事象としてこれに合理的に対応することが可能であり、しかも、使用者が上場会社であるときには、その終局的な利益帰属主体である使用者の株主は使用者の株式に対する投資を他の金融資産に対する投資と組み合わせることによって自らの負担に帰するリスクの大きさを自らの選考に応じて調整することが可能

 

この種のケースでは、とかく被用者が気の毒だ、使用者は保険も入っていないので逆求償に応じるべきといった感情的な視点が前面に出がちです。

 しかし、上記補足意見は、使用者が自家保険政策を選択すること自体は企業の選択肢として認めたうえで、それは被用者側の負担の額を小さくする方向に働くとの判断を示しました。

つまり、単に被用者が気の毒、自家保険政策は無責任といった素朴な感情論ではなく、事故時における企業と被用者間のリスク負担の問題という俎上に自家保険政策がどのように考慮されるかという合理的かつ冷静な判断がされています。 

 

4 最判令和元年9月6日:後期高齢者医療給付を行った後期高齢者医療広域連合が当該給付により代位取得した不法行為に基づく損害賠償請求権にかかる債務についての遅延損害金の起算点が問題となったケース 

 多数意見は、後期高齢者医療広域連合(上告人)は後期高齢者医療給付の価額の限度において被保険者の第三者に対する損害金元本の支払い請求権を代位取得するものであって、損害金元本に対する遅延損害金の支払請求権を代位取得するものではないとし、当該連合が請求できる遅延損害金は当該医療給付が行われた日の翌日から分であるとしました。そして、事故発生時からの遅延損害金を認めた原判決を破棄すべきとしました。

つまり、多数意見は、連合が後期高齢者医療給付を行った以前の期間に対する遅延損害金を加害者に対して請求できないのは当該遅延損害金の支払請求権が法*158条所定の代位取得の対象外であるからとし、原債権として事故時に遅延損害金が発生することを前提としています。

 

これに対し、草野判事は、原判決を破棄すべきとする結論は多数意見と同じですが、その理由が異なる「意見」を述べています。

本件の後期高齢者医療給付の填補の対象となった損害は、被害者が本件事故によって被った損害一般ではなく、被害者の特定の医療機関から特定の時期に医療役務を受けたことによって発生した金銭債務に関するものであり、このような損害に関しては、それが現実化してはじめて遅延損害金が発生すると解すべきであり、本件においてはそのような損害が現実化する都度後期高齢者医療給付が行われてきたとのことであるから、当該給付日以前においては遅延損害金が生じる余地はなかった

つまり、後期高齢者医療広域連合が後期高齢者医療給付を行った日以前の期間に対してはそもそも遅延損害金自体は発生していないため、同連合がこれを取得する前提を欠くと結論付けています。

 

不法行為による損害賠償債務は、損害の発生と同時に遅滞に陥るとされており、後期高齢者医療給付の填補の対象となった損害についても、このルールがそのまま適用され直ちに遅滞に陥ると考えやすいところです。

しかし、草野判事は、不法行為に基づく損害賠償債務の一般論に終始することなく、損害の項目ごとに冷静な分析がされ、給付がされて初めて遅延損害金が発生するとしています。

 

この草野意見からは、「不法行為に基づく損害賠償債務」といった抽象度の高い(そして粗い)事項で分析するのではなく、個々の債務ごとに細分化し、各々の特殊性や趣旨を踏まえた上での解像度の高い緻密な分析をすることの重要さを改めて感じました。これも、単に判例や通説にそのまま乗っかることの危険性に注意を促すものといえます。

 

5 最判令和2年11月18日:参議院選挙の定数不均衡の違憲性が争われたケース

このケースでは、令和元年7月21日施行の参議院通常選挙(選挙区間の最大格差は3倍)についての違憲性が問題となりました。

多数意見は、立法府において格差を是正するための努力はしている等として、違憲には至っていないとしました。

 

草野判事は、補足意見を述べ、条件付合憲論を論じました。

そこで、これまで投票価値の不均衡問題で用いられてきた主たる指標である最大格差は、最も小さな投票価値しか与えられていない有権者がいかに自分が不利益を受けているかを訴えるための指標として用いるのであれば格別、選挙制度全体における投票価値の配分の不均衡を論ずるための指標としてはいささか精度を欠いているとします。

そして、最大格差を補完する指標として、「ジニ係数」を用いることとし、その説明のために図表を挿入しています。

ジニ係数の改善を図るための制度改定は現実的には難しいとし、原則して合憲としつつ、「投票価値の不均衡が存在することによって一定の人々が不利益を受けているという具体的かつ重大な疑念・・の存在が示された場合にはこれを違憲状態と捉え直す」という条件付き合憲論を採用するとします。

まさに数理法務が全面に出た補足意見といえるでしょう。

 

恥ずかしながら、ここで述べられているジニ係数ローレンツ曲線については全く知識がありませんので、その正確な理解はできていません・・・

しかし、最高裁判事という法曹の頂点の一角が判決文の中で統計学の手法を用いて分析しているということからして、法律家としてやはり統計学をはじめとして数学、更には関連する諸科学についての素養も備えておく必要があることを痛感しました(勉強しなければ・・・)。

 

まとめ

以上の草野判事の個別意見を踏まえると、法解釈を考える上では次のような点が重要であると個人的に感じました。

 

・先例となる判例の枠組みに無批判に追随するのではなく当該事案が本当にその判例の判断枠組みを使えるかを慎重に見極める(1のプライバシー侵害の事件参照)

・素朴な感情論や正義論を前面に出すのではなく、リスクを冷静な視点で分析検討する(3の逆求償の事件参照)

・局部のデメリットやリスクに偏るのではなく、大局的・俯瞰的な視点で考える(2のタトゥー事件参照)

・その請求権が発生するそもそもの趣旨にさかのぼって考える(4の後期高齢者医療給付と遅延損害金のケース参照)

 

こうしてみると、いずれも突飛なものではなくむしろ当たり前の内容でしょう。ただ、この当たり前のことを、淡々と貫くことがいかに重要で難しいかということも痛感させられます。

 

弁護士として法律家として、草野判事のレベルには到底及びませんが、そのエッセンスは可能な限り参考にしていくとともに、今後も個性的な草野個別意見を楽しみにしています。

 

それでは、kaito.mさんにバトンをつなぎます。

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