若手弁護士の情報法ブログ

某都市圏で開業している若手弁護士が日々の業務やニュースで感じたこと、業務において役に立つ書籍の紹介等を記していきます。情報法・パーソナルデータ関係の投稿が多いです。

法律時報「2021年学界回顧」で興味深かった文献

2021年法務系Advent Calendarのエントリー記事です。

法務系 Advent Calendar 2021 - Adventar

改めて、Kanekoさん、幹事をお引き受けいただきありがとうございます。

 

吉峯耕平先生(kyoshimine)さんからバトンを受け取りました(法務系LTの記事、大変興味深かったです)。

 

関西で弁護士業をしている若手弁といいます。今回でアドベントカレンダーへの参加は4回目となります。

過去のエントリーは以下のような記事を書いていました。

 

wakateben.hatenablog.com

 

wakateben.hatenablog.com

 

wakateben.hatenablog.com

 

 

日本評論社が発行している雑誌「法律時報」では、毎年12月号に「学界回顧」との特集を組んで、法学分野における主要な文献が紹介・解説されています。

2021年度の学界回顧での法分野は以下の通りです。

憲法

行政法

・租税法

・刑法

・刑事政策

民法(財産法/家族法

・環境法

会社法金融商品取引法

・商法総則商行為・保険・海商・航空法

・経済法

・消費者法

・知的財産法

・労働法

社会保障法

民事訴訟

刑事訴訟法

国際法

・国際私法

法社会学

法哲学

・法制史

 

研究者でもない自分にとってはここで解説されているテーマや概念については知らないことも多いのですが、テーマごとに多岐にわたる文献が紹介されており、ざっと眺めるだけでも大変面白いです。

今回は、この2021年学界回顧で取り上げられていた文献のうち、読んでみて特に参考になり面白かったものを紹介していきます(セレクションは全くの独断と偏見で、ジャンルも分野もバラバラであることはご容赦ください)。

 

 

憲法

音無知展「プライバシー権の再構成‐自己情報コントロール権から適正な自己情報の取扱いを受ける権利へ」(有斐閣

www.yuhikaku.co.jp

学界回顧では「この領域(ブログ記事執筆者注:プライバシー分野)で今期最も重要な業績」とまで評されています(10頁)。

著者の京都大学の法学博士論文に加筆修正を加えたものです。

 

タイトルにある通り、プライバシー権について通説とされている自己情報コントロール権を批判し、「適正な自己情報の取扱いを受ける権利」として構成することを内容としています。

4部構成となっており、第1章ではプライバシー権に関する従前の学説、第2章ではアメリカ法の状況を紹介し、第3章で自説の展開、終章で総括と残された課題を論じています。

難解なところもあり(これは私自身の知識不足な読解力の問題が大きいと思いますが・・・)、十分に理解できているかは自信がありませんが、憲法31条の適正手続保障の権利内容も参照しつつ、「自己決定」ではなく「適正な取扱い」に重心をおくという主張は大変刺激的で多くの示唆を得られました。

 

特に印象に残り、また賛同ができたところは次の点です。

 

個人情報保護法制のいわゆる過剰反応については、「自己決定又は本人同意が要請される領域は本来例外的又は周辺的な場面に止まるにもかかわらず、自己決定の理念が公的機関にとっての行為規範として力を持ち過ぎたのが一因ではなかろうか」とし、適正な取扱いを受ける権利と理解することで状況を改善できる可能性を示唆(205頁)

 

・国家による個人情報の取扱いが共同生活を送る上で不可欠又は不可避な営みであること等に鑑み、個人情報の取扱いを広く基本権の対象と捉える以上は、自己決定権型の権利を認めることにより各人の支配に委ねるのではなく、「適正な自己情報の取扱い」という適正な配慮を求める権利を個人に認めることを提案(240頁)

 

プライバシー権を適正な取扱いを受ける権利として構成することで、プライバシーに関する最高裁判例の多くが「みだりに」という規範を立てていることと整合するという指摘には大いにうなずきました。

憲法学界ではプライバシー権については自己情報コントロール権が通説という理解で、そこに疑問を抱いてはいなかったのですが、果敢に通説にチャレンジして別の角度からの再構成を試みるという姿勢に、改めて学問の醍醐味を感じました。

 

本書で扱っている権利は対国家を前提としてはいますが、近時は私人間でもプライバシー・個人情報の取扱いの重要性はますます増しており、また一方で同意の有無やその内容についても様々な議論がされていることを考えると、「適正な取扱い」という切り口で検討することで新たな発見や整理ができるのではないかという気がします。

 

この音無説が今後は憲法学会における通説になっていくのかもしれません・・・!

 

今後もプライバシー侵害の有無が激しく争われるような事案に接した場合、本書を定期的に参照することが増えそうです。

 

民法

伊藤栄寿「可分債権の準共有:当然分割原則の再検討」(上智法学論集 第64巻第3‣4号)

特に相続の場合等、可分債権は当然に分割されるという説が判例通説という前提で理解していました。普通預金債権については平成28年12月19日最決が、定期預金債権については平成29年4月6日最判が、いずれも当然分割を否定しました。しかし、これはあくまで預金債権に関してであり、通常の金銭債権であれば、なお当然分割説と考えていました。

 

しかし、本論稿は、可分債権の共同相続の場合に当然分割を認めたものとするリーディングケースである昭和29年最判の事案の特殊性(対象となる債権が預金債権ではなく不法行為に基づく損害賠償請求権であったこと、紛争当事者が債権者間ではなく債権者の一人と債務者であったこと)に着目し、伝統的通説が当然分割をとる実質的理由がこの事案では必ずしも問題視あるいは検討対象とはされていないことを説きます(188~189頁)。

そして、当然分割原則の理論的根拠について正当化が難しいとして、その理由として伝統的通説は、債権の帰属の問題と効果の問題を混合してるように思われる(準共有は財産帰属レベルの問題、多数当事者の債権関係は債権の効力レベルの問題)とし、債権が準共有されたとしても分割請求を認めることで当然分割と同様の結論は実現可能であるとします(196頁)。

 

金銭債権については預金債権だけが例外的に分割されずに遺産分割の対象となるが、それ以外の債権は各相続人に当然分割されるものと特に疑問も持たずに理解していました。しかし、本論稿を読んで、改めて通説とされるものでもそのリーディングケースとなる判例の事案や判断内容を緻密に分析検討し、常に批判的に考察をしていく姿勢の大事さを教えられました。

 

会社法金融商品取引法

杉光一成・三和圭二郎「知的財産に関する取締役の責任‐知的財産法、会社法そしてコーポレートガバナンス・コードとの関係」(NBL1190・18頁)

知的財産権の調査を懈怠したことにより企業に損害が生じた場合に、当該企業の取締役が賠償責任を負うかという問題提起をし、知的財産法と会社法善管注意義務を合わせて読むことで取締役の損害賠償責任が生じる可能性があることを論じています。

 

立法の沿革にまで遡り、過失推定規定のある特許法、意匠法、商標法に関して事業者に知的財産権の調査義務が存在しているとし、他社の知的財産権の存否及び侵害する可能性について事前に調査すべき義務が善管注意義務に含まれるとします。

そして、そのような責任を回避するための方策として、①知的財産に詳しい担当取締役を設ける、②知的財産部門を設置し、出願業務のみならず調査業務を所掌する、③社外の専門家の意見を聞くといった選択肢を提案します。

 

企業法務において知財を巡る紛争は不可避で、知財へのアンテナやリテラシー不足ゆえに企業が大きな損害を被った場合には取締役の責任問題に波及する事態は十分ありえそうで、そのような事態において問題を整理・検討する上で色々参考になりそうです。

 

本論稿が念頭に置いているのは過失推定規定のある特許法、意匠法、商標法です。過失推定規定がない著作権法に関しては、どのような規律となるのかは気になったところです。

 

【消費者法】

鈴木尉久「サルベージ条項に対する消費者契約法10条の適用」(甲南法務研究No17.55頁)

サルベージ条項*1とは、「本来であれば全部無効となるべき約款条項に、その効力を強行法規によって無効とされない範囲に限定する趣旨の文言を付記したもの」とされています。

 

消費者契約法改正により特定の条項が無効とされる範囲が広がりましたが、一方で事業者側としても様々な対策を講じるようになっており、サルベージ条項はまさに事業者側にとってのリスクヘッジの一環といえるでしょう。ただ、このようなサルベージ条項を簡単に認めると、不当条項規制が骨抜きになりかねないという問題があります。

 

本論稿は、このようなサルベージ条項の消費者契約法10条の不当条項該当性について検討しています。

サルベージ条項については、

①透明性の原則との抵触(サルベージ条項が利用された場合、消費者は契約から生じる権利義務について適切な情報を得ることができない)

②不当条項の事実上の通用(サルベージ条項が利用された場合、不当条項として全部無効の疑義がもたれる条項であっても、事業者は有用な部分が一部分でも存する可能性があるとの建前から利用し続けることが可能となる)

③適正な条項策定への動機付けの喪失(サルベージ条項が有効とされると、事業者は適正な内容での契約条項の策定へのインセンティブがそがれることになる)

④効力維持縮小解釈の強要(裁判所に対し、ぎりぎり無効とならない有利な契約条件を探し出す負担を課すとともに、消費者に対し無効の主張立証に成功しても最低限度の権利擁護で満足するべきことを要求する)

との問題点があると指摘ます(そのうち一の透明性の原則への停職が最大の問題点であるとします)。

 

そして、サルベージ条項のうち、「法律で許容される範囲内において」という趣旨の文言が付記された法律限度免責条項部分は、①消費者契約法10条前段について、透明性の原則に抵触しているため充足し、②後段については、契約の拘束力の正当性を失わせ、かつ、事業者に条項解釈についての不当な裁量を付与するので、信義則違反を認めうるとします。

 

サルベージ条項のどのような点が問題で不当なのか掘り下げて検討しており、サルベージ条項についての理解を深めることができました。企業側としては、リスクヘッジの観点からついサルベージ条項を用いてしまいがちなのですが、安易に使用することのリスクと怖さを感じました。

 

民事訴訟法】

堀清史「当事者の提出しない自由と私的自治‐いわゆる事案解明義務論検討のための準備的考察」(龍谷法学53-2 51頁)

https://mylibrary.ryukoku.ac.jp/iwjs0005opc/bdyview.do?bodyid=TD32136803&elmid=Body&fname=hou_53_02_003.pdf&loginflg=on&block_id=_363&once=true

 

民事訴訟では私的自治が根底にあるので、一方当事者の手元にある資料や情報について訴訟に提出するか否かはその当事者の自由とされるのが原則です。

しかし、例えば医療過誤訴訟のようなの証拠の偏在があるようなケースにもこの原則を貫くと不公平な結果になりやすく、一定の場合には当事者には事案解明義務があり、この「提出しない自由」は制限を受けるべきではないかという素朴な疑問が生じます。

本論文は、事案解明義務との関係で「提出しない自由」とはそもそも保護されるべきか、保護されるとしてその具体的な範囲はどこまでかといった点を丁寧に掘り下げていきます。

そして、法律上あるいは契約上、実態法上の説明義務が認められるような場面では、民事訴訟の場においてもその説明義務の一環として、提出をする義務があるとします。

そして、あくまでも当事者の主体性を尊重するという観点から、提出しない自由が制限される場面でも当該当事者が負うべき義務は、一定の資料や情報を「提出」する義務であり、その提出された資料等を踏まえて「主張」するか否かは当該当事者の自由であるとします。

 

「提出しない自由」というものを深堀りしつつ、当事者の主体性尊重とのバランスを図るという解釈論には色々と考えさせられました。事案解明義務や提出しない自由といってもアバウトに主張するのではなく、いかなる根拠で提出しない自由が制限されるのかを緻密に検討しなければならないことの大事さを改めて感じました。

 

 

それではznkさんにバトンをつなぎます。

 

*1:本論文では広義のサルベージ条項と狭義のサルベージ条項の2つが解説されていますが、ここでは狭義のことを指します