若手弁護士の情報法ブログ

某都市圏で開業している若手弁護士が日々の業務やニュースで感じたこと、業務において役に立つ書籍の紹介等を記していきます。情報法・パーソナルデータ関係の投稿が多いです。

決定の木と法務

 

先日、ツイッターでのご縁で、@syobon _nu22さんと「数理法務概論」をテーマに意見交換させていただきました。

 

 

数理法務概論 -- Analytical Methods for Lawyers

数理法務概論 -- Analytical Methods for Lawyers

  • 作者: ハウェル・ジャクソン,ルイ・キャプロー,スティーブン・シャベル,キップ・ビスクシィ,デビッド・コープ,神田秀樹,草野耕一
  • 出版社/メーカー: 有斐閣
  • 発売日: 2014/03/13
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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 色々と議論させていただく中で、第1章の意思決定分析で紹介されている決定の木(デシジョンツリー)は、法務においても有用なのではないかと感じました。

 顧客企業に対して法的な問題点や見通しを説明する際の資料としては、どうしても文字がびっしり書かれた緻密なメモになりがちです。もちろん、正確性を期す必要があるし複雑な内容を説明するためにはある程度長文になるのは避け難いと思います。

 

 ただ、顧客企業にとって法律用語が羅列された文字だけのペーパーというのは読むのも苦痛ということが多いでしょう。顧客企業にとっては重要な意思決定(訴訟するかどうか、和解するか、契約を締結するか等)をするにあたっての判断材料を得るために相談していることが多いでしょう。

それが、難解な法律論だけで、それが意思決定にどのように使えるのかを教えてくれなければ意味がないことになります。

 

数理法務概論で紹介されていた決定の木は、考えうる選択肢ごとに得られる利得とその確率を掛け合わせて期待値を設定し、最も期待値の高い選択肢をあぶり出すというものです。このツールをうまく使えば、法律の専門家ではない企業にとっても理解がしやすいのではないかと思います。

 

もちろん、決定の木は万能ではなく限界やリスクもあります。訴訟した場合に得られる金額の確率を出すということ自体、一種のフィクションであり、その数字が一人歩きする危険もあります。

ただ、大事なのは数字を出すこと自体ではなく、決定の木を作成する過程で顧客企業と認識を共有し、納得度の高い形で選択肢を選ぶところにあるのではないかと思っています。

 

説明のためのツールの一つという位置づけで、決定の木を活用してみることは検討の価値があるのではないでしょうか。

 

【書籍紹介】労働事件ハンドブック

 

 

労働事件ハンドブック<2018年>

労働事件ハンドブック<2018年>

  • 作者: 第二東京弁護士会労働問題検討委員会,伊東良徳,?谷知佐子,澤崎敦一,栗宇一樹,澤田雄高,亀田康次,梅田和尊,石田拡時,井砂貴雄,町田悠生子,早田賢史,安藤亮,雪竹奈緒,宇賀神崇,友野直子,師子角允彬,遠山秀,竹内亮,岡本大毅,塚本健夫,
  • 出版社/メーカー: 労働開発研究会
  • 発売日: 2018/03/01
  • メディア: 単行本
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 労働事件は論点が非常に多岐にわたり複雑です。適正に事件処理をするためには労基法や労働契約法といった法令だけでなく膨大な通達、裁判例にあたらなければならず、そのリサーチだけでも相当な手間と時間がかかります。

 

本書は、労働事件に精通する使用者側・労働者側の弁護士が集まって、労働事件において問題となる論点や法令・裁判例等の情報をまとめています。かなり分厚いですが、その分情報量が多く、自分が担当する案件に関わるテーマにおいてあたるべき情報を確認する上で大変有用です。

また、理論だけでなく、実務的にどのような対応をすべきかといった点も解説されており、事件処理の視点を学ぶことができます。

 

 

 

【書籍紹介】鈴木学他「契約書作成のプロセスを学ぶ」(第2版)

 

 

契約書作成のプロセスを学ぶ(第2版)

契約書作成のプロセスを学ぶ(第2版)

 

 

 契約書を作成・レビューするときに有用な書籍は多数あります。多くは、売買や請負、賃貸借などの契約類型ごとに法的問題点や条項例を解説するというものです。

 もちろん、それらは非常に役に立つのですが、いわば模範解答としての条項例だけに触れていると、いざゼロベースで契約書・条項を作成する基礎に欠けてしまうおそれがあります。

 

本書は、法務部長と新人法務部員との会話を通じ、新人が作成した契約書案を叩き台として、どのような視点で条項を作成・修正すべきかを分かりやすく解説されています。

 例えば、自社と相手方の関係(初回取引で信頼関係がない)を踏まえ、検収の要件を自社に相当有利に修正するプロセスなどが紹介されています。

 

当然ですが、相手方との力関係や当該契約の重要度などによって契約書に盛り込むべき内容は大きく異なります。

本書は、模範解答としての条項の紹介ではなく、どのような視点で契約条項を作成・修正すべきかという過程が提示されており、大変有用です。

【書籍紹介】松尾剛行、山田悠一郎「最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務(第2版)」

 

 

 

インターネット、特にSNSの発達によって誰しもが気軽に意見や情報を発信できるようになり、有益な情報を容易に入手できることの恩恵については改めて述べるまでもありません。しかし、ネットゆえの手軽さ、拡散しやすさの副作用として、人格攻撃を伴う過激な投稿や、事実無根の悪質なデマも盛んになっており、この点についての対応が必要です。

弁護士として相談を受けることがあるのはもちろん、自分自身が加害者あるいは被害者になってもおかしくはありません。そのためにも、インターネットという場での表現の特徴と対策について十分理解しておく必要があります。

 

本書は、超人的なペースで良書を量産される松尾先生と、山田悠一郎先生(判事補、弁護士職務経験に基づき弁護士登録中)が加わって執筆されたものです。それにしても、松尾先生は2018年末に「AI・HRテック対応 人事労務情報管理の法律実務」を執筆されたばかり・・・実務をこなしながら膨大な判例・文献をまとめて次々に執筆するという離れ業には驚嘆しかありません汗

 

本書には以下のような特徴があります。

 

・膨大な裁判例を収集・分析した結果をもとに、問題点や検討すべき項目を緻密に分解して解説

→これにより、自分が相談を受けた事案について、手がかかりをつかみ、類似裁判例を調べることができ、リファレンスツールとして優れています。

 

・実践編として、相談を受けた場合にどのように対応すべきか、想定事例を複数用意し、それぞれの当事者に対して行うべきアドバイス、中立の立場からの評価が丁寧に解説されており、重層的な理解ができます。

→例えば、ケース9総合事案3では、表現者について名誉毀損の法的責任は負わない可能性が高いとしつつ、今後も同様の表現を続けると批判の対象となりかねないから、任意に削除するかも含めて検討すべきとアドバイされています。単に法的責任の有無だけに終始するのではなく、紛争の根本的な解決あるいはリスク回避の観点から実務的に有益なアドバイスがされており、ネット上のふるまいを考えるうえで大変参考になります。

 

加害者側・被害者側問わず、名誉毀損に関する相談が来たときには真っ先に参照すべき書籍となりそうです。

 

 

 

【書籍紹介】松尾剛行「AI・HRテック対応 人事労務情報管理の法律実務」

 

AI・HRテック対応 人事労務情報管理の法律実務

AI・HRテック対応 人事労務情報管理の法律実務

 

 

遅ればせながら、新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

本年1回目のブログ記事は、松尾剛行先生の新刊の書評です。

 

最近、人事労務の分野における個人情報保護・プライバシーの問題に関して関心が高く色々と情報にあたっていたところ、松尾先生の新刊が出ることを知りました。

 リーガルアドベントカレンダーでの記事で読んでみたい本として紹介したところ、何と松尾先生本人からご恵贈いただきました・・・!大変ありがたい話です。

 

読み応えのある内容で少し時間はかかったのですが、ようやく通読できたので、特に個人的に印象に残ったポイントを述べさせていただきます。

 

2つの要請の調整という視点

 

人事労務情報管理の場面において、人事労働管理のために情報の収集、保管・管理、利用を行う必要がある反面、センシティブ性の高い情報が含まれていることから慎重に取り扱うことが必要であるという2つの要請の適切な調和が必要であるとします(5頁)。

企業にとって顧客の情報であれば、どちらかというとプライバシーの方が優先される方向で対処されることが多い(顧客情報を利活用するのはその企業の自己責任となる)印象ですが、従業員情報の場合は、企業が安全配慮義務を尽くすためにむしろ積極的に情報を活用することが要請されるという本質的な違いがあることに改めて気づかされました。従業員情報の場合は、ただ個人情報やプライバシーの保護の視点だけでは足りないということですね。

 

また、個人情報保護法やプライバシー法といった情報法だけでなく、職安法といった労働法も視野に入れて検討する必要があるとし、個人情報保護法等において必ずしも禁止されていない行為が労働法において禁止されていることを解説しています(32頁)。情報法だけの視点ではつい見落としてしまいがちなので、これは要注意ですね。

 

 

カバーされている領域、情報の広さ

また、本書で解説されている範囲が、非常に幅広いです。採用、秘密管理、労働時間管理、健康情報、退職等と人事労務が関係する場面を幅広く、かつ緻密に設定し、その場面ごとに企業として留意すべきポイントを解説しています。

 しかも、関係法律はもちろん、裁判例や通達、ガイドライン等、膨大な資料を踏まえて適宜引用してくれており、信頼できる情報ということで大変ありがたいです。

355頁と決して大部ではない分量でありながら、これだけ幅広い情報を要領よく、かつコンパクトにまとめるという松尾先生の手際の良さにはただ驚くしかありません・・・

 レファレンスも素晴らしく、その用語について深く解説されている箇所のページ番号を丁寧に記載されているので、非常に参照しやすいです。

   

労働時間の問題

 

本書では情報技術における労働時間管理の法的課題について解説されています(260頁以下)。 モニタリングとHRテックの活用により緻密な労働時間管理が可能になるとしながら、以下のような法的問題点が生じることを挙げておられます。

①プライバシーの問題

モニタリングも無制限にできるわけでなくモニタリングが有効になるための要件(目的の明示、実施の責任・権限の定め、ルールの策定等)を満たす必要があり、またそれをクリアしたとしても四六時中監視されていると感じる従業員のモチベーション低下に留意すべき

②誤認知の問題

機械だけで判断せず、人間の目を入れて誤認知に対応すべき

③黙認や差別に関する問題

多くの従業員が違反しているにもかかわらず、管理者にとって気に入らない従業員に目をつけて処分を行うという弊害があるので、社会通念に基づき設定されて限度を超えた場合に限り対応する

 

 

テクノロジーの進歩により便利なツールが出てくると、すぐに導入して徹底的に使いたいところですが、その運用も含め十分な検討が必要ということですね。この分析は大変参考になりました。

 

 

情報通信技術やAI等の急激な進化により従来にはなかった膨大かつ精度の高い情報を入手できることで企業にとっては大きなメリットがある一方、それだけ従業員のプライバシー侵害の危険も高まっており、企業としてどのような対応をすべきか非常に悩ましい問題がでています。

業種を問わずどの企業においても大いに参考になります。従業員情報の管理について検討するにあたって真っ先に参照すべき本になるでしょう。

 

今年読んで参考になったプライバシー関係の文献まとめ

これは法務系 Advent Calendar 2018 - Adventarのエントリー記事となります。

@jun_k00さんからバトンを受け取りました。

関西で弁護士業をしている若手弁(@wakateben)と申します。情報法関係、その中でもプライバシー・個人情報保護法制に関心が強く、この分野についての文献やニュースにあたり勉強しています。

この記事では、今年私が読んだプライバシー・個人情報保護法制関係の文献の中で特に参考になったものを独断と偏見で紹介していきます(法律書以外も取り上げています)。

 

 

高口鉄平「パーソナルデータの経済分析」(勁草書房 )

パーソナルデータの経済分析 (KDDI総研叢書)

パーソナルデータの経済分析 (KDDI総研叢書)

 

 

タイトル通り、パーソナルデータの価値について経済学の観点から分析しています。

パーソナルデータを情報財という視点から、①ゼロの社会的限界費用(社会全体としてゼロの費用で無限に利用者を増加させることができる)、②取引の不可逆性(いったん取引が行われたのちにそれを取り消して取引前の状態に戻すことができない)、③多くの種類が組み合わせることによる価値の増大という特徴があると分析しています。

そして、主にアンケートという形で、利用者がパーソナルデータを事業者の活動に利用されることに対していかなる懸念を有しているか、パーソナルデータがどの程度利用者のスイッチングコストになっているか、ビッグデータ市場の成立可能性等について分析検討します。

特に第3章のまとめとして、「プライバシーポリシーに関しては、理解、すなわち、リテラシーのみならず、それをプライバシーポリシーの信頼へ移行させることの重要性が示唆された」「プライバシーポリシーを理解することと信頼することは大きく異なる」「インターネット利用者におけるマジョリティはプライバシーポリシーを理解していることが示されたが、信頼までには至っていないことが示唆された。この状況では、皮肉な解釈を示したように、あきらめや、どうでもいいといった感覚によってパーソナルデータを利用されることの抵抗感が下がっているにすぎない」(96頁)という指摘は大変参考になりました。単に理解させるだけではなく事業者への信頼に結びつけるためにどうすべきか、改めて考えさせられました。

「パーソナルデータに関わる研究は、多くがプライバシー懸念や法制度に関する研究であり、本章でおこなったような経済的視点からの分析はいまだ少ない。ビッグデータ全体の経済価値についてあきらかにするためには、本章のような分析を経時的、多面的に積み重ねる必要がある」(137頁)という指摘の通り、今後もパーソナルデータの経済的な価値を考える上で参考になりそうです。

 

 

三柴丈典「労働者のメンタルヘルス情報と法」(法律文化社) 

 

労働者のメンタルヘルス情報を企業はどのように取り扱うべきか。メンタルヘルス情報は非常にセンシティブな内容であり企業としても慎重な取り扱いが必要となりますが、一方で企業は労働者に対する安全配慮義務を負っており、労働者のメンタルヘルス情報を十分把握しなければ安全配慮義務を尽くすことができないというジレンマがあります。

本書では、労働法・産業保健法を専門とする法学者が、この難問についての解釈論を展開しています。

本書の主張の核心は、企業に「客観的に労働者が安心してそれに同意を与え得る条件整備を行う義務(情報取扱い前提条件整備義務)」を課し、その義務を尽くす場合には労働者のメンタルヘルス情報の柔軟な取扱いを使用者に認める(場合によっては同意のない情報の取扱いも正当化する)というアプローチです。

使用者において、労働者本人と関係者間の信頼関係形成の努力を尽くしているにもかかわらず、形式的に関係法規や法理に抵触する取扱いについては「積極的に正当な自由の存在を認めるほか、就業規則上の根拠規定に基づく包括的同意の効力を認めたり、本人の個別的同意を擬制すべき」という主張には大いに考えさせられました。

メンタルヘルス情報の取扱いについては今後もますます重要になると考えられ、その点を検討するうえで大変参考になる視点を得ることができました。

 


山本龍彦「おそろしいビッグデータ」(朝日新書

 

おそろしいビッグデータ 超類型化AI社会のリスク (朝日新書)

おそろしいビッグデータ 超類型化AI社会のリスク (朝日新書)

 

 

プライバシー研究の第一人者である山本龍彦先生による、法律専門書ではなく一般向けに書かれた、ビッグデータのリスクと対応法を解説した本です。

本書のテーマは、ビッグデータにおそろしい側面があることを正面から認めた上で、本当に私達一人一人の人生を豊かにする「節度あるビッグデータの利活用を実現すること」とし、その節度の基準として憲法(特にプライバシー権)を活用すべきというものです。

そして、現代のプライバシー権理解では、ビッグデータ社会のリスクに十分できないのではないかと問題提起をします。

例えば、具体的には、現代のプライバシー権でも本人の同意をポイントにしているものの、ビッグデータ社会ではこの同意が形骸化していると指摘し、同意を実質化するアプローチが必要とします。

また、ビッグデータによるプロファイリングが進むと、センシティブ情報ではない個人情報の集積・分析によりセンシティブ情報の正確な推知が可能となってしまい、センシティブ情報について厳格な規制を設けた趣旨が没却されるというリスクが指摘されます。


個人情報保護はプライバシーと密接に関連するものであり、憲法の価値理念と接着しているにもかかわらず、日本では憲法の存在が耐えがたいほど軽く、憲法と個人情報との関係が切断され「個人情報保護のための個人情報保護になってしまっている」(p166)という指摘には、深く納得しました。


山本先生は、ビッグデータ社会のリスクへの対応として、プライバシー権ないし自己情報コントロール権を鍛え上げていくことを挙げます。具体的には、プロファイリングに関しても本人のコントロールの対象とする、データベース上に記録された自らの「過去」に対するコントロールの強化、どのネットワークシステムとつながるかを自分で主体的にコントロールする(情報銀行が有効な1つのアプローチ)、形骸化した同意手続を改善しビジュアルを活用する等して実質的な同意を得る仕組みにする等を提案されています。


ビッグデータ利用の影の部分にスポットライトを当て、それがいかに憲法の定める個人の尊重原理を危機に晒しているか、そしてどのように対策すべきかという点を、一貫してプライバシー権の観点から説得力を持って論じられています。改めて、憲法の価値や理念について学ばなければならないと考えさせられる本です。

 


渡邊涼介「企業における個人情報・プライバシー情報の利活用と管理」(青林書院) 

 

総務省で個人情報・プライバシー保護の担当の経験もある渡邊涼介弁護士によるものです。

特筆すべきは、位置情報、カメラ画像、乗降履歴、生体情報、従業員情報等、データの種類・類型ごとの留意点や検討すべきポイントをまとめているところです。個人情報保護法上の問題だけでなく、プライバシーや肖像権等、パーソナルデータ全般にまつわる論点を整理してくれているのもありがたいです。

企業としてより一層多種多様なデータを取り扱うことが増えている現状、データごとの法的な特性を考えて対応することは不可欠であり、非常に参考になる本です。

 

 

宍戸常寿編著「新・判例ガイドブック 情報法」(日本評論社

 

新・判例ハンドブック 情報法 (新・判例ハンドブックシリーズ)

新・判例ハンドブック 情報法 (新・判例ハンドブックシリーズ)

 

 宍戸先生が編著者となり、情報法分野に関する重要判例をまとめたものです(各判例についての解説はそれぞれの分野の専門家が執筆)。構成として、情報流通の自由、情報の内容・性質ごとの法的問題、情報流通の主体に着目、情報と経済活動、公権力と情報の関係となっており、取り上げられている法分野も名誉権、プライバシー権著作権独占禁止法等、多岐にわたります。

判例につき1ページで、事実、裁判所の見解、解説を掲載するコンパクトな体裁になっており、さくさく読むことができます。改めて、情報法という分野が及ぶ範囲が極めて広範で影響が大きいものであると実感します。 

 

  

矢野和男「データの見えざる手」(草思社文庫)

 名札型のウェアラブル端末(対面情報、身体的な動き、位置情報をそれぞれ計測できる)を従業員に装着してもらい、そこから得られたデータを分析することで、驚くような結果が出ることが紹介されています。

例えば、コールセンターのオペレーターの受注率は休憩所での会話の活発度が関係しているという結果が示されています。つまり、休憩時間における会話のとき身体運動が活発な日は受注率が高く、活発でない日は受注率が低いというものです(92頁)。

また、安静状態(動きの穏やかな状態)から活動状態に遷移する確率は、健常者の方がうつ状態の人よりもおよそ20%高いとされ、ウェアラブルセンサにより遷移確率の計測が可能でありこれによりその人のストレスレベルを確認できるとされています(134頁)。

他にも、仕事がうまくいく人(運がいい人)の共通点は、自分の知り合いの知り合いまで含めて何人までたどり着けるかという「到達度」が高かったという結果が示されています(154頁)。ここでは、ウェアラブルセンサに組み込まれた赤外線センサにより、誰と面会しているかのデータをソーシャルグラフとして可視化されます。

 ウェアラブル端末を用いることで、「活気がある」「運がいい」といった漠然としたあるいは定性的な項目を可視化して数値化できるという本書の内容は衝撃的です。ウェアラブル端末をうまく活用すれば、職場における生産性向上を実現できる可能性があります。

 他方で、ウェアラブル端末は人の行動を長時間かつ正確に把握し分析するものであり、従業員のプライバシーを侵害するリスクがあります。上記で紹介されているウェアラブルセンサは、誰と会ったか、どのような動きをしていたかといった自分自身も気づいていない情報が膨大なデータとして蓄積され、その人の行動パターンや性格、嗜好といった人格が丸裸にされかねません。上記で紹介されているとおり、安静常態から活動状態への遷移の状態を計測することでにストレスレベルの程度、ひいてはうつ状態であるかといった情報すら正確に得ることができてしまします。

その人自身ですら気づいていない内面や身体の情報といった極めてセンシティブな情報が企業に吸い上げられることになります。また、業務時間中ずっとウェアラブル端末を装着させられ行動の一挙手一投足を把握されることは、従業員にとっては監視されている気持ちになり不安にも思うでしょう。

 

 

ウェアラブル端末の利用は、それまで誰も気づいていない問題点を膨大なデータにより可視化し、企業の生産性を向上する上で強力なツールとなる可能性を秘めていますが、その分副作用やリスクも大きいので、ウェアラブル端末の持つ有用性を活かしつつ、従業員のプライバシーに配慮すると言ったバランスのとった対応が必要であると改めて感じました。

 


カメラ画像の保護と利活用に関するシンポジウム・パネルディスカッション(NBL1134(2018.11.15))

  

カメラ画像にまつわる個人情報保護法やプライバシーをめぐる問題について、様々な立場の有識者がディスカッションしたものを記事化したものです。ディスカッション自体も面白かったのですが、なんといっても質疑応答での高木浩光先生の質問が目玉です。開示・訂正・利用停止という保有個人データの義務に照らし、例えば防犯目的で顔がデータベースで登録されている場合、自分が犯罪者として識別されているか教えてほしいと申し出があった場合、どのように対応すべきかという非常に切れ味鋭い質問がされています。この点に対しては明確な回答はされていませんが、今後もますますカメラ画像が活用される事態が予想される中、改めて保有個人データの取扱いについては企業側としてもよくよく検討しなければならないと感じました。

 

 

星野豊「弁護士会照会と情報保護」(情報ネットワーク・ローレビュー第16巻(2018年3月)収録) 

情報ネットワーク・ローレビュー  第16巻

情報ネットワーク・ローレビュー 第16巻

 

 

弁護士会照会に対し個人情報を回答しても、個人情報保護法の第三者提供の正当化事由(法令に基づく開示可能事由)にあたるといわれています。

しかし、裁判例等を踏まえると、無条件で免責されるわけではなく、照会に応じて個人情報を開示した照会先が損害賠償責任を負うこともありえます。

本論文は、弁護士照会による回答義務や情報保護に関連した裁判例を分析し、「弁護士会照会を受けた情報管理者は、弁護士会照会に対する報告義務と本人に対する情報保護義務との間で、極めて難しい判断を迫られる状況にある」と指摘します。情報管理者が免責されるための担保が十分ではなく、改善策として、裁判所の関与の元、免責されることを条件として情報開示を命ずる非訟事件制度の創設を提唱されています。

弁護士会照会は実務上、非常に有用な制度であるものの、照会先にとっては自身の本来業務ではなく、しかも照会に応じることで特にメリットもないにもかかわらず、プライバシー侵害で賠償責任のリスクを負う現状は改善しなければならないと感じていたところです。弁護士として、照会先から相談を受ける場合には、損害賠償リスクのことを考えて安易に開示しないようアドバイスせざるを得ない場面も多いと思います。

迅速に、かつ、照会先が安心して開示ができる状況を担保するための非訟手続という提言は有用だと思いました。

 


「諸外国の個人情報保護制度に係る最新の動向に関する調査研究報告書」

個人情報保護委員会のHPで公開されています。https://www.ppc.go.jp/news/surveillance/

 

タイトル通り、海外の個人情報保護の制度や実態が詳細に報告されています。

対象は、アメリカ、中国、インド、シンガポールといった国だけではなく、APEC欧州評議会(CoE)等、非常に幅広く、386頁にもなる圧巻の内容です。個人情報保護制度は世界的にも変化が激しく、今後も大きく変わっていくことが予想されますが、これだけ広範かつ詳細にまとめられた報告書として、資料的価値が非常に高いものです。個人的には、インドの最高裁判所において、プライバシー権がインド憲法第21条に基づく生命及び個人の自由に対する基本的権利に含まれる基本的な権利である旨言い渡されたという点が興味深かったです(301頁)。

 

AIネットワーク社会推進会議 報告書2018

 

報道資料 

www.soumu.go.jp

報告書

http://www.soumu.go.jp/main_content/000564147.pdf

 

AIシステムがインターネット等を通じて他のAIシステム等と接続し連携する「AIネットワーク化」が今後進展していくことを想定し、AIネットワーク化による便益、そしてリスクや懸念についてまとめた報告書です。

以下のAI利活用原則案を提示しています。

① 適正利用の原則
② 適正学習の原則
③ 連携の原則
④ 安全の原則
⑤ セキュリティの原則
⑥ プライバシーの原則
⑦ 尊厳・自律の原則
⑧ 公平性の原則
⑨ 透明性の原則
アカウンタビリティの原則

 

人間は、AIネットワークを利活用することにより、高度な問題解決能力としての各々の「智慧」(智)を連結し、「智のネットワーク」(Wisdom Network)を形成していくこと、すなわち「智連社会」が今後のあるべき社会像であると提唱しています。

 

AIが活用される場面やそれがもたらすリスクについて非常に深く検討されており大いに参考になります。

 

高﨑晴夫「パーソナルデータ利用に関する選好分析:プライバシーポリシーの利用者選好へのインパクト」

  

本文

https://catalog.lib.kyushu-u.ac.jp/opac_download_md/1931692/econ0224.pdf

要旨

https://catalog.lib.kyushu-u.ac.jp/opac_download_md/1931692/econ0224_abstract.pdf

 

  九州大学大学院で経済学の博士を取得し、現在はKDDI総合研究所フューチャーデザイン1部門研究員として、個人情報保護およびプライバシーに関する制度的および経済的な視点からの分析をしている、高﨑晴夫氏の博士論文です。

データを用いた実証分析をし、プライバシーポリシーが利用者のプライバシー意識にどのように影響を与えるか検証しています。

その結果は以下のとおり衝撃的でした。

・プライバシーポリシーにおける目的外利用禁止規定が利用者の事業者に対する不信感を強め利用者のプライバシー懸念を増加させる

経産省が提唱していたプライバシーポリシーの分かりやすさ(アイコンやラベル表示等)を追及するアプローチは、その分かりやすさゆえに利用者のプライバシーポリシーに対する認知を高め、サービスに対する具体的な不安を顕在化させ、利用者の利用意向を低める (利用者の分かりやすさを追求するだけでは有効な施策とはなりえない)

 

そして、利用者のプライバシーへの不安を解消するには、利用開始後ではなく利用前に不安を消すことが重要であり、不安解消には事業者自身への信頼を獲得することが重要であると指摘します。

また、不安を解消ないし軽減する方法として、利用者が自身のプライバシー選好に基づいてプライバシーポリシーの生成に自ら関与してデータ開示を自身のポリシーに基づいてコントロールする仕組み「プライバシー・ポリシー・マネージャー」(PPM)というアプローチを提唱します。

このPPMが、技術的あるいはコスト的にどこまで実現可能なのかという点が気になりましたが、単に分かりやすいプライパシーポリシーを作成して満足するだけでは、根本的な解決になっておらずむしろ利用者の不安を増大させるという結果は恐ろしいですね。

改めて、プライバシー・バイ・デザインを意識した商品・サービス提供をし、また企業自身、プライバシーを尊重していることを積極的にアピールし、利用者の信頼を獲得することが企業戦略上、ますます重要になってくると感じました。

 

 

 おまけ:未読だけど気になる本

 

AIと憲法

AIと憲法

 

 タイトル通りAIがもたらす様々なリスクについて憲法論を展開しています。まだ購入できていませんが、年末年始に読んでみたいです。

 

  

 

AI・HRテック対応 人事労務情報管理の法律実務

AI・HRテック対応 人事労務情報管理の法律実務

 

 尋常でないペースで書籍や論文を量産される松尾先生の新刊。HRテックの法律問題は私自身、今最も関心が高い分野です。来年1月9日発売とのこと。早く読みたいです。

 

 


ここで挙げたもの以外で参考になる文献をご存知の方がいらっしゃればぜひ教えていただけるとありがたいです。

 


今年はGDPRの施行、フェイスブックの情報流出問題、ベネッセ訴訟の一審判決(請求棄却・控訴)、カリフォルニア州の新プライバシー法成立、ブロッキング問題の激論などなど、情報法問題のトピックが例年にもまして多かった印象です。

来年も引き続きこの分野に関心を持って勉強をしていきたいと思います。

 

 

 次は  @okmrkj_class さんです。よろしくお願いします!

 

【書籍紹介】「業種別 法務デュー・ディリジェンス実務ハンドブック」

 

業種別 法務デュー・ディリジェンス実務ハンドブック

業種別 法務デュー・ディリジェンス実務ハンドブック

 

タイトル通り、デューディリジェンスをするにあたり業種ごとにチェックすべきポイントや留意点を解説しています。

本書で取り上げられている業種は以下の通り。

 

製造業/小売業/物流業/システム開発業/Eコマース事業/製薬業・医療機器製造業 /介護事業/旅行業/ホテル・旅館業/飲食業/労働者派遣事業/農業法人

 

まず法務デューディリジェンスの概要から始まり、どの業種にも共通する調査項目を取り上げた上で、業種ごとに特にチェックすべき法令上の項目を解説するという構成になっています。

 

M&Aデューディリジェンスする際だけではなく、顧問先・新しくクライアントとなった企業の業界における法制度をざっとチェックする上でも大変便利です。