【書評】マキアヴェリ「君主論」
名著と名高いマキアヴェリの君主論。これまで、エッセンスを要約したり、一部引用されたものは読んだことはあるのですが、全体を読んだことはありませんでした。
書店に寄った際、たまたまこの新版が出ていたので思わず購入しました。
気軽にパラパラと読んでいたところ、あまりの面白さに一気に読み切ってしまいました。
人と欺いたり権謀術数の駆使を勧めるというイメージがあった「君主論」ですが、全体を読んでみるとそのような薄いものでは全くなく、むしろ、血で血を洗う戦乱の世にあってリーダーとしてどのように生き抜いて国を統治していくべきかを理想論ではなく現実的な手段で説いたものという印象です。
根底にあるのは、マキアヴェリの冷徹なまでの人間観です。
心に残る切れ味鋭い分析が随所に見られます。
民衆に何かを説得するのは簡単だが、説得のままの状態に民衆をつなぎとめておくのがむずかしい(第6章)。
人間いかに生きるべきかを見て、現に人が生きている現実の姿を見逃す人間は、自立するどころか、破滅を思い知らされるのが落ちである(第15章)。
そもそも人間は、恩知らずで、むら気で、猫かぶりの偽善者で、身の危険をふりはらおうとし、欲得には目がないものだと(第17章)。
人間はもともと邪なものであるから、ただ恩義の絆で結ばれた愛情などは、自分の利害のからむ機会がやってくれば、たちまち断ち切ってしまう。ところが、恐れている人については、処刑の恐怖がつきまというから、あなたは見放されることがない(第17章)。
分量は決して多くなくむしろコンパクトな方で、決して感情的な書き方はされていませんが、なんともいえない凄みと迫力を感じ、読んだ後もなぜかずっと頭に残ります(これは翻訳が上手であることも多分に影響していると思いますが)。
厳しい時代においては、理想論のみ掲げる君主では統治ができず、人間のダークサイドな面を理解し尽してときには非常にふるまわなければならないというマキアヴェリの信念が感じられます。
君主論が刊行されたのは1532年ということなので、今から500年ほど前ですが、それでもマキアヴェリが指摘したことの多くは現代でも当てはまると思います。
弁護士業務では紛争案件を避けて通ることはできず、そこでは眼をそむけたくなるような人間の醜悪な姿が露になることがあります。人間とはこういう性質があるという点を理解する上でも君主論は有用だと感じました。
随所に脚注で解説がされているほか、末尾にはマキアヴェリの生涯や君主論執筆に至った経緯等も翻訳者により説明されており、読者にはありがたい配慮です。