若手弁護士の情報法ブログ

某都市圏で開業している若手弁護士が日々の業務やニュースで感じたこと、業務において役に立つ書籍の紹介等を記していきます。情報法・パーソナルデータ関係の投稿が多いです。

改正法施行後に賃貸借契約が更新された場合の保証の問題

1月16日、賃貸保証に関して以下のツイートをしました。

 

 

 

それに対し、経文緯武@keibunibuさんから以下のリプをいただきました。

 

勉強不足で、このNBL新年号の座談会(NBL2020.1.1号新春座談会「債権法改正元年を迎えて(1)」‐不動産取引の論点を中心に)の記事を読んでおらず、読んでみたところ、私の上記疑問も含めて非常に深い議論がされており、大変参考になりました。

備忘録も兼ねて、このNBLの座談会記事を中心に、関連する問題点や留意点をまとめておこうと思います。

 

改めての問題点の整理と立法担当者の見解

改正法では、個人が保証人となる賃貸保証については、個人根保証として極度額を定めなければ無効となります(改正465条の2)。

改正法の施行日は2020年4月1日です。

この施行日以降に締結される賃貸の保証契約については、改正法が適用されることは異論がないのですが、元の賃貸借契約とそれに付随する保証契約は施行日前に締結されており、施行日以降に更新された場合、保証契約については改正法と現行法のどちらが適用されるのでしょうか。

 

改正法が適用されるとなれば、極度額の定めが必須ということになり、その影響は大きいです。

 

この点について、一問一答(筒井健夫他「一問一答 民法(債権関係)改正」(商事法務))は、以下のように解説しています*1 

※太字は私が付しました。

 

一般に、賃貸借に伴って締結される保証契約は、賃貸借契約が合意更新される場合を含めてその賃貸借契約から生ずる賃借人の債務を保証することを目的とするものであると解され(最判平成9年11月13日参照)、賃貸借契約の更新時の新たな保証契約が締結されるものではない。そうすると、賃貸借契約が新法の施行日以後に合意更新されたとしても、このような保証については、新法の施行日以後に新たな契約が締結されたものではないから、保証に関する旧法の規定が適用されることになる。なお、新法の施行日以後に、賃貸借契約の合意更新と共に保証契約が新たに締結され、又は合意によって保証契約が更新された場合には、この保証については、保証に関する新法の規定が適用されることになることは言うまでもない。

 

つまり、賃貸借自体が施行日以後に更新されたとしても、施行日前に締結されている保証契約には、従前のまま旧法が適用されるのが原則ということになります。そうなると、賃貸人側としては、原則として、更新の際に、保証人との間で特に極度額等を定める必要はないということになりそうです。

 

※ただし、これはあくまで建物賃貸借を前提とする議論です。平成9年最判の解説でも、借地保証については本判決の射程外としています。よって、以下で述べる議論も全て建物賃貸借を前提とします。

 NBL座談会で指摘された問題点と留意点

NBL座談会では、この問題についてより深い議論がされています。

 

冒頭から、「賃貸借契約について更新する場合には、契約に定めはないものの、保証人からも更新についての意思確認を得ることとしていた」という事例の場合にはどのように考えるべきかという点の問題提起がされています。

この事例において、三井不動産株式会社総務部法務グループ・グループ長の望月治彦氏は、「こういう場合、恐らく保証人には、賃貸借契約更新時に保証内容の確認があることに対する一種の期待がある」として、更新時の新法が適用されると考えて極度額の設定と新法に合わせた対応をとる方が安全であるとします。*2

 

一問一答の上記解説はやや抽象的で分かりにくい部分があったものの、この想定事例ではその解説の射程外といえそうな場面が具体的に述べられています。

 

これに対し、弁護士の岡正晶氏は、「何月何日付保証契約はこの新しい賃貸借契約についても適用される」という確認文言で保証人から確認をとれば、理論的には極度額は不要と考えられるとの見解を示します。*3

 

これらの指摘を受けて、早稲田大学教授・山野目章夫氏が切れ味鋭い解釈論を示します。

まず、「賃借人の債務の根保証が賃貸借の更新後も続くか、という問題は、本質的に当該根保証の意思解釈の問題」とし、平成9年最判が挙げる前提事情*4が変わるような場合にまで、従前の根保証をそのまま継続させることを許容してよいか疑問視される場合はあるとします。

このような例外を考えるべき場合は限られた特殊な場面であるとしつつ、以下のような場合には予防法務の視点からの対応を考えるとします。*5

社会通念上の想定を超え相当に長期に及んだ事例においては(①に対応)、改めて根保証契約を締結し直すこととし、保証人に主たる債務者から同人の現在の資力状況を説明し(②に対応)、そしてまた、極度額を定めて(③に対応)、すっきりさせて新しい根保証契約にする

 

これを受けて、岡弁護士は、上記で述べた確認文言を入れても、山野目教授が挙げた例外的な場合においては、「確認する」という文言を書いたとしても実質は新しい根保証と解釈され、極度額がなければ無効となることがあり得るという見解を述べます。*6

 

まとめのところで、出席者の多くから、旧法が適用される前提で安心することへの警鐘がされています。

月氏「例えば賃料が変わる場合などには、改めて保証人に確認するかどうかを検討して、もともとの保証人の合理的意思の範囲を超えているようであれば、これは新法適用と考えて、改めて新法の規律に沿った保証をとり直すということが、ベストプラクティスではないか」*7

 

岡弁護士「大家さんの相談を受けた弁護士としては、保守的にといいますが、できるだけ極度額を合意するよう助言すべき」*8

 

松尾博憲弁護士「旧法が適用されているから、債権者はいつまでも安心してよいということではなくて、しかるべきタイミングで新法の趣旨に沿った保証契約に切りかえていくことも考えなければないけない」*9

 

刺激的で深い議論が繰り広げられており、頭の中で整理・理解することにかなり労力を要しますが、その分非常に勉強になります。

判例の規範を絶対視するのではなく、その前提となった事情を十分考慮し、その事情に変動がある場合には規範も変わり得るという、ある意味当然ではあるのですがついおろそかになりがちな基本に立ち返ることの重要性を改めて思い知らされました。 

 

賃貸人としてのとるべき対応

改めて、冒頭の問題提起において、賃貸人としてはどのような対応をとるべきなのでしょうか。

NBL座談会で交わされた議論を踏まえ、自分なりにまとめると、以下のようになると考えます。

 

①賃貸借契約更新の際に、保証人との間でも別途合意する定め、あるいは保証人への意思確認等の手続をしていないケース(おそらく大多数)

⇒旧法が適用される可能性が高い。よって、施行後に更新されても、極度額の定め等は必須ではないといえるか。

 しかし、賃貸借契約が長期に及んだり、賃料等の契約内容が変更された場合には、保証人の合理的意思を超えているという前提で、新たに極度額の定めをしなければならない場面があり得る。

 

②(①のような)定めや確認があるケース

⇒新法が適用される可能性が比較的高く、更新時に極度額の定めをしておいた方が安全

※確認の際に、「何月何日付保証契約はこの新しい賃貸借契約についても適用される」といった確認文言を入れることで旧法を維持できる可能性はあるが、確実というものではない

 

 

いずれにせよ、今回の改正は、保証人保護の方向に大きく傾いていることは明らかです。平成9年最判と、それを前提とする一問一答の解説を絶対視することも危険であり、更新の際には新法が適用されるという解釈もあり得そうです。

上記の①のケースで、原則としては旧法が適用されることになりそうなのですが、保証人側からは新法適用で極度額がない限り無効と争われてしまうリスクはどうしても残ります。

 

大家から相談を受けた弁護士としては、旧法が維持されるという前提で対応し続けることのリスクを十分認識し、それを説明した上で、どこかの段階では極度額を定める形に切り替えるという対応をしなければならないところでしょう。

 

その契約の定め、重要性、保証会社利用のコスト といった様々な要素を考えて契約ごとに対応する必要があると思われます。

*1:384頁(注2)。

*2:6~7頁。

*3:7頁

*4:①更新により主たる債務の原因がたる契約を継続することが通常であって、②保証人となろうとする者にとっても当該継続を当然に予測することができ、そして③根保証における主たる債務が定期的かつ金額の確定した債務を中心とするものである

*5:7頁

*6:8頁

*7:8頁

*8:8頁

*9:8頁

今年読んだ本で面白かったもの(法律書以外)

2020年まであとわずかになりました。

今年読んだ本の中で、特に個人的に面白かったものを備忘録を兼ねて挙げていきます。

 

 

・十字軍物語 

十字軍物語 第一巻: 神がそれを望んでおられる (新潮文庫)

十字軍物語 第一巻: 神がそれを望んでおられる (新潮文庫)

  • 作者:塩野 七生
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2018/12/22
  • メディア: 文庫
 

 文庫版をずっと待ち望んでいたシリーズ。十字軍側、イスラム側、更には商人といった様々なプレイヤー達を生き生きと描いており、とても面白く読むことができました。もちろん、史実とは異なる点や創作もあるのでしょうが、改めて十字軍への関心が深まりました。

 

・会計の世界史 

会計の世界史 イタリア、イギリス、アメリカ――500年の物語

会計の世界史 イタリア、イギリス、アメリカ――500年の物語

 

 会計を題材としつつも、全く難解ではなく、歴史上の人物や出来事に織り交ぜながら、複式簿記減価償却ファイナンスといった会計の重要トピックがどのような経緯で誕生したのかを知ることができます。会計というと、どこか機械的・形式的なイメージが強いですが、改めて生身の人間によって作り出されて時代と共に進化していくということを知ることができました。

 

ハンニバル戦争

ハンニバル戦争 (中公文庫)

ハンニバル戦争 (中公文庫)

 

 ハンニバル戦争とも呼ばれる第二次ポエニ戦争を、ローマのスキピオの視点から描いています。塩野七生さんの「ハンニバル戦記」では、ローマ・カルタゴどちらかに肩入れせず比較的淡々とした描写が多かったですが、本書はローマ側の立場から、登場人物の心情や戦場での生々しい描写が多く、臨場感を味わうことができました。

 

 ・哲学と宗教全史

哲学と宗教全史

哲学と宗教全史

 

哲学と宗教をテーマに、古代から現代まで、洋の東西を問わずヨーロッパ、イスラム、中国をカバーし、分かり易く解説してくれるという贅沢な一冊。 テクノロジーが幅を利かす時代だからこそ、知の原点ともいえる、哲学と宗教を学ぶことの意味を考えさせてくれました。

 

 

・ 「ついやってしまう」体験のつくりかた

「ついやってしまう」体験のつくりかた 人を動かす「直感・驚き・物語」のしくみ

「ついやってしまう」体験のつくりかた 人を動かす「直感・驚き・物語」のしくみ

 

スーパーマリオドラゴンクエストといったゲームを題材に、どのように人を夢中にさせる仕掛けを作るのかを解説しています。何気なく遊んでいるゲームにこんな工夫があったのかと何度も驚かされました。 本の構成自体にも凝った仕掛けがいくつも施されており、それを探してみるのも楽しいです。

 

 ・事実はなぜ人の意見を変えられないのか

事実はなぜ人の意見を変えられないのか-説得力と影響力の科学
 

いくら論理的にデータに基づく説得を試みても、その人の考えを変えさせることはおろか、かえって元々の考えをより強固させることになってしまう・・・人を説得する、あるいは特定の行動を促すためにはどのようにアプローチすべきかを、脳の仕組みや各種の実験を踏まえて解説。人への関心・洞察を常に持つことの重要性を改めて知ることができました。

 

・伝え方大全

伝え方大全 AI時代に必要なのはIQよりも説得力

伝え方大全 AI時代に必要なのはIQよりも説得力

 

人間は論理よりも感情に動かされるので、いかに人の感情を揺さぶり、しっかりとしたストーリーのある形で伝えられるかが大事ということを学べた本でした。

 

 

 

 ・その証言、本当ですか?

その証言,本当ですか?: 刑事司法手続きの心理学

その証言,本当ですか?: 刑事司法手続きの心理学

 

 精密かつ合理的なシステムとして理解されがちな刑事司法ですが、その一連の過程(取調べ、目撃証言等)における様々なバイアスや誤りを豊富な実例から実証。刑事司法による認定を無批判に受け入れることの恐ろしさを改めて知ることができました。

 

 

 

 

契約法務についての雑感(+契約関連のブックガイド)

この記事は裏 法務系 Advent Calendar 2019 - Adventar用エントリーです。hrgr_Ktaさんからバトンを受けとりました(縦書きの文章がかっこよかったです・・・!)。

 

 

契約法務についての雑感

 

 某関西圏で弁護士として活動してます。顧客の多くが中小企業・個人事業主で、日常的に契約書作成やレビューの案件を取り扱っています。

 

今回のエントリーでは、当初は、今年読んだ契約関連の書籍のうち参考になったものを紹介していくブックガイドを考えていました。しかし、ただ本の紹介をしても、日常的に契約業務に携わっている(と思われる)法クラ界隈の皆様にとっては当たり前の情報も多く、それだけではあまり面白くないので、これまで取り扱った契約法務の経験において感じたことや意識した方がいいと思った点に加え、補足的にブックガイドもつけようとと思います。

 

なお、ここでいう契約法務は、大企業同士の契約ではなく、中小企業(それもかなり規模の小さい企業や個人事業主)における契約を念頭に置いています。

 

1 クライアントにおけるその契約の目的や重要性を意識する

 弁護士としての特性から、どうしても紛争や訴訟になったことを念頭に、トラブル対策という視点で検討しがちです。その視点はもちろん大事であり、そこにこそ弁護士が関与する価値があるのですが、他方で大多数の契約や取引はトラブルも起こらず問題なく実行・運用されているはずです。  

 

 トラブルのことに神経質になり自社の利益確保に偏りすぎると、契約交渉が難航し、決裂してしまい、大きなチャンスを逃すというリスクがあります。紛争時に想定されるトラブルは意識しつつも過度にこだわるのではなく、ビジネスを前向きに進めるという視点も重要かと思います。その際の検討の視点としては、その契約の重要性(クライアントの事業の根幹にかかわるのか、周辺に過ぎないのか、信頼関係のある相手方か新規取引先か、自社の規模と比べての取引金額の大小等)を把握しておく必要があります。

 

2 詳細・緻密な条項が最善とは限らない

 市販されている契約関連の文献の多くが契約書の雛型を掲載しています。これは、契約書作成・レビューにおいて非常に有用です。

 ただ、これらに掲載されている雛型は、非常に詳細な条項となっていることが少なくありません。

 条項を詳細かつ緻密にすることは、一見よいことのように思えるのですが、その反面検討項目が増えることになり、契約交渉が長期化・複雑化し無駄な時間や労力がかかることになりかねません。

 

 もちろんケースバイケースであり、例えば自社の事業の将来を大きく左右するような重要度が非常に高い契約の場合においては、自社の命運がかかっている以上、緻密な内容にするだけの合理性があるでしょう。

 しかし、そのようなケースだけでなく、むしろルーティンな取引についての契約書作成という案件も少なくありません。そうであれば、フルスペックな条項にこだわらず、特に自社にとって譲れない部分を中心にし、それ以外は民法や商法のデフォルトルールに委ねるといった対応も検討の余地があるかと思います。

 

3 契約の構成からゼロベースで考える

 上記とも重複しますが、顧客の要望を実現するにあたって最適な契約スキームをどうするかを考えることが必要かと思います。

 

 例えば、自社のノウハウを第三者に有償で提供するという場合、フランチャイズ形式ではなく、ライセンス形式にした方がいい場合があります(フランチャイズであれば、フランチャイザーとしてフランチャイジーに対する指導義務が発生したり、契約解除が制限される方向になりやすい)。

 クライアント企業が持参してきた契約書の形式にこだわらず、どのような契約形態が望ましいのかをゼロベースで考えることが重要ですね。

 

4 案件終了時には検討した点や根拠資料を記録化する

 契約書作成・レビューで扱った案件は、全て個性があり、案件ごとに苦労した点や工夫した部分があります。

 しかし、成果物だけ残っていても、後で振り返った際にその検討の過程が残りません。

 そこで、案件が終了した際には、できるだけ記憶が鮮明に残っているうちに、

①どのような視点で検討したか

②どのような点に苦労したか

③どの書籍・文献を参考にしたか根拠資料を明記

 

といった点を成果物の末尾もしくはコメント欄で残しておくことが、将来同様の案件を検討する際の効率性向上・レベルアップのために大事かなと思っています。

 

 

以上、つらつらと述べましたが、私自身上記のことを完全にできているかというとそうではありません。まだまだ至らない部分も多々ありますので、少しでもレベルアップする上で上記のような視点を持ちつつ望まないといけないという大いなる自戒を込めています・・・

 

 

 

 

今年読んだ契約関連書籍のブックガイド

タイトルの通り、今年読んだ 契約関係の書籍のうち、参考になったものを紹介していきます。

 

阿部・井窪・片山法律事務所 「契約書作成の実務と書式‐企業実務家視点の雛形とその解説 第2版」

 

契約書作成の実務と書式 -- 企業実務家視点の雛形とその解説 第2版

契約書作成の実務と書式 -- 企業実務家視点の雛形とその解説 第2版

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 有斐閣
  • 発売日: 2019/09/24
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 ご存知AIK本。債権法改正に対応した第2版。契約に関わる法務パーソンにとってはバイブル的存在でしょう。個別の条項ごとの理論的な解説とどのような視点で作成・修正すべきかが過不足なく述べられています。改正民法についても丁寧な解説がされています。ただ、条項がやや丁寧すぎるきらいがあるので、これを担当する案件の契約にそのまま使うのは、かえって不相応になりうるのではないかと思います。フルスペックな条項として大いに参照しつつ、無批判にコピペしないということが必要と感じます。

 

 

 滝琢磨「契約類型別 債権法改正に伴う契約書レビューの実務」

 

契約類型別 債権法改正に伴う契約書レビューの実務

契約類型別 債権法改正に伴う契約書レビューの実務

  • 作者:滝 琢磨
  • 出版社/メーカー: 商事法務
  • 発売日: 2019/10/31
  • メディア: 単行本
 

債権法改正に伴い、契約書をどのように修正すべきか。本書は、テーマごとに、現行法と改正法の条文対照表を掲載した上で修正すべき視点を解説しており、一覧性の意味で有用です。

 

 

弁護士法人飛翔法律事務所編 「改訂3版 実践 契約書チェックマニュアル」

 

改訂3版 実践 契約書チェックマニュアル (現代産業選書―企業法務シリーズ)
 

個別の条項ごとに、冒頭にチェックポイント、そして売主有利、買主有利な視点の修正案を提示してくれており、ざっと確認する上で便利です。書式集にとどまらず、契約書の体裁や契印の仕方や印紙税についても解説し、末尾には契約に関する用語集も掲載しており、初心者がまず最初に手に取る本として最適でしょう。 

  

鈴木学・豊永晋輔「契約書作成のプロセスを学ぶ(第2版)」 

 

契約書作成のプロセスを学ぶ(第2版)

契約書作成のプロセスを学ぶ(第2版)

 

法務部長と新人法務部員の会話を通じて、契約書をどのような視点で修正すべきかのプロセスを分かりやすく解説しています。

市販されている書籍の多くが、模範答案あるいは最終版としての 契約書を掲載していますが、本書ではまず新人法務部員が作成した(不十分な)契約書をベースとして、それを適切な形に修正する流れになっており、参考になります。

 

 

辺見紀男・武井洋一「法務担当者のための契約実務ハンドブック」 

 

法務担当者のための契約実務ハンドブック

法務担当者のための契約実務ハンドブック

  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: 商事法務
  • 発売日: 2019/03/06
  • メディア: 単行本
 

 債権法改正による契約実務への影響を、理論的な背景をもとにコンパクトに解説しています。テーマごとに、改正による対応が必要な部分と必要ない部分を分かりやすく示してくれているので、助かります。

 

 

 喜多村勝徳「契約の法務」

 

契約の法務 第2版 (勁草法律実務シリーズ)

契約の法務 第2版 (勁草法律実務シリーズ)

 

 そもそも契約とは何か、契約の成立・不成立、無効・取消となる場合から始まり、典型的な契約条項ごとに理論的な根拠や判例を解説しており、契約の本質から深く検討する上で有用です。国際的なルールであるユニドロワ国際商事原則を適宜引用・紹介しており、契約に関する普遍的な視点を得ることができます。

 

 

淵邊善彦・近藤圭介「業務委託契約書作成のポイント」

 

業務委託契約書作成のポイント

業務委託契約書作成のポイント

  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: 中央経済社
  • 発売日: 2018/09/22
  • メディア: 単行本
 

契約書作成・レビューにおいて業務委託契約は頻出ですが、その汎用性の高さの反面、検討すべき法的論点は多いです。本書はコンパクトながら、業務委託に関してよく問題となる法的問題点についてまとめており、業務委託契約書作成のときに真っ先に参照しています。

 

 

 雨宮美季・片岡玄一・橋詰卓司「良いウェブサービスを支える『利用規約』の作り方」

 

【改訂新版】良いウェブサービスを支える 「利用規約」の作り方

【改訂新版】良いウェブサービスを支える 「利用規約」の作り方

 

 利用規約作成のときの必携本です。一般の法律書にありがちな難解な言い回しは全くなく、ソフトな語り口で、検討すべき法的なテーマを分かり易く解説してあります。 この種の本は法的な正確性・緻密性を優先するあまり、法的なリスクとその回避方法に偏った解説になりがちです。しかし、本書は、検討すべき法的論点・リスクに触れつつも、「有利な立場を振りかざし過ぎない」(p20)、「炎上の落とし穴」(p165)等、ユーザー視点から物事を考える必要について触れられているのが特徴的です。

 

 

満田忠彦他「借地借家モデル契約と実務解説」 

 

借地借家モデル契約と実務解説

借地借家モデル契約と実務解説

 

借地借家に関する契約書の書式を豊富に掲載。借地法施行当時に設定された契約の更新、借地借家法の適用がない駐車場賃貸借、サブリース契約等、あまり典型ではない類型の契約の条項も記載されているので、賃貸借契約書をレビュー・作成するときに重宝します。

 

 

伊藤秀城「第2版 実務裁判例 借地借家契約における各種特約の効力」

 

第2版 実務裁判例 借地借家契約における各種特約の効力

第2版 実務裁判例 借地借家契約における各種特約の効力

  • 作者:伊藤 秀城
  • 出版社/メーカー: 日本加除出版
  • 発売日: 2018/04/14
  • メディア: 単行本
 

 

 借地・借家契約は、借地借家法による強行規定が数多く、どこまでの特約が許されるのか、判断に悩むことが少なくなりません。この本は、借地借家契約における特約の効力が争われた裁判例を豊富に紹介しており、同種の案件を検討する上で有用です。

 

 

 井上治・猿倉健司「不動産業・建設業のための改正民法による実務対応」

 

不動産業・建設業のための改正民法による実務対応

不動産業・建設業のための改正民法による実務対応

  • 作者:井上 治,猿倉健司
  • 出版社/メーカー: 清文社
  • 発売日: 2019/05/27
  • メディア: 単行本
 

 

不動産売買、不動産賃貸借、工事請負、設計監理委任の各契約において、債権法改正が及ぼす影響とそれに対応した修正の視点を解説しています。モデル契約条項も掲載しているので、不動産が関わるこれらの取引を扱う際に有用です。

 

 

宮下央・田中健太郎他「業種別法務デューデリジェンス実務ハンドブック」

 

業種別 法務デュー・ディリジェンス実務ハンドブック

業種別 法務デュー・ディリジェンス実務ハンドブック

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 中央経済社
  • 発売日: 2018/09/22
  • メディア: 単行本
 

 

タイトルにある通り、本来は法務DD用の書籍です。しかし、違法な条項を作らないために、担当する案件において、関連する法規制を調査する必要があります。本書は、製造業、小売業、物流業、システム開発業、介護事業、旅行業、飲食業などの幅広い業種ごとに関連する法規制や留意点をまとめてくれているので、契約書作成においても有用です。

 

 

 

 

契約書作成・レビュー業務は、弁護士あるいは法務部員にとっていわば最初の一歩となることが多いですが、法的な知識・理解を身に付けることはもちろん、経営戦略や財務会計、税務、交渉技術も関係する非常に奥深い分野で、常に勉強が必要と感じています。今後も書籍で勉強しつつ、実践でも創意工夫しレベル向上をしていきたいです。

 

 

 それでは、ahowotaさんにバトンをつなぎます。よろしくお願いします。 

【書籍紹介】松尾剛行「広告法律相談125問」

 

 

広告法律相談 125 問

広告法律相談 125 問

 

 相変わらずのハイペースで書籍・論文を次々に出される松尾先生によるものです。

 

「広告代理店の法務として身につけておきたい基礎的な内容を、簡単にまとめることを意図」しているとのはしがきの言葉通り、Q&A方式で、広告にまつわる様々な法律問題をカバーしています。

 

 特筆すべきは初心者に分かりやすいよう、末尾に「自作広告チェックポイント」を設け、フローチャートの形でどのように対応しなければならないかを可視化しており、徹底的に読み手に配慮しているところです。

 

広告にまつわる法務は法律も多岐にわたり、複雑怪奇というイメージがありますが、迷路に入り込んでしまう前のガイドということで最初に手に取る本としては最適でしょう。

 

事実認定と証明度について

 弁護士業務において事実認定・立証の問題は不可避です。

訴訟の場では、代理人として、裁判官に依頼者に有利な事実が認定されるよう主張・立証を尽くします。

また、企業内の調査や第三者委員会等の立場で証拠を踏まえて不祥事等を事実認定しなければならない場面もあります。

 

ある事実が認められるか否かを決めるにあたっては、どの程度の証明のレベル(証明度)に達しているかを考える必要があります。

 

本記事では、この事実認定におけるあるべき明度について、ざっくりとではありますが自分なりに考えたことをまとめていきます。

 

証明度とは

 証明度とは、審理及び判断を担当する裁判官が、ある事実の存否についてどの程度の心証を抱くことができれば、その事実が存在するものと認めてよいのか、また、その事実が存在するものと認めるべきなのかを判断する基準であると言われています。*1

 

証明度については、ルンバール事件判決(最判昭和50年10月24日)が、以下のように判示し、これが民事訴訟における証明度に関するリーディングケースとなっています(太字は私が付したものです)。

 「訴訟上の因果関係の立証は、1点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつそれで足りる」

 

この「高度の蓋然性」とは、具体的にどの程度のレベルをいうのでしょうか。これについては、民事に関しては8割程度とされることが多いように思います。

例えば、ある文献では、「社会の通常人が日常生活においてその程度の判断を得たときは疑いを抱かずに安心して行動するであろう高度の蓋然性(8割がた確かであるとの判断)」とされています。*2

 

ただ、この8割程度という証明度のレベルは適切なものといえるでしょうか。

 

この高度の蓋然性すなわち8割程度の証明度とする通説に対してはいくつか有力な批判がされています。  

 

須藤典明氏の批判

証明度の高低を考える際には、誤判のリスクを考慮する必要があります。

また裁判官の須藤典明氏は、このうち、「積極的誤判」と「消極的誤判」の2つの誤判があるとします。

すなわち、「積極的誤判」とは、認定した事実が真実ではないということを指し、「消極的誤判」とは、真実であったのに誤って認定されなかったことを指すとしています。*3

証明度を高くするほど、積極的誤判の可能性は低くなりますが、他方で、消極的誤判をおこす可能性が高くなります。反対に、証明度を低くするほど、消極的誤判の可能性は低くなりますが、積極的誤判の可能性が高くなります。

  

 須藤氏は、これを踏まえ、高度の蓋然性には達しなくても、明らかに優越する立証が射止められるのに無視して切り捨てることは正当化されないとし、「消極的誤判を無視した実体的真実は虚構であろう」と述べます。*4その上で、明らかにどちらかの立証が優越していることを認識できる程度の差があれば、事実を認定するのが適切であろうとし、あえて数字でいえば、「6・4」程度の差がある相当程度の蓋然性を採用すべきとします。*5

 

つまり、須藤説は、8割という高度の蓋然性ではなく、6割程度の相当程度の蓋然性があれば、当該事実を認定するに足りる証明に達したとします。

太田勝造氏の批判

太田教授は、証明度を合理的に決定する上で、統計学における偽陽性偽陰性の考え方を用います。*6

この偽陽性偽陰性は、上記の須藤氏の積極的誤判、消極的誤判とほぼ同じ概念です。

太田教授は、偽陽性の誤判の社会的コスト、偽陰性の誤判の社会的コスト双方の観点からあるべき証明度を検討し、数式で説明を試みます。

そして、偽陽性の誤判の社会的コストと偽陰性の誤判の社会的コストが同じ重さである場合には証明度は50%、偽陽性の誤判の社会的コストが偽陰性の誤判の社会的コストの4倍あると判断されるならば証明度は80%となるとします。*7

その上で、「デフォールトの証明度を高度の蓋然性とする日本民事訴訟の合理性や正当性には再検討の余地がある。多くの法領域において、果たして高度の蓋然性を証明度としなければならないほど、偽陰性の誤判の社会的コストと偽陽性の誤判の社会的コストとの間に4倍もの格差があるのかが疑問となるからである」とし、高度の蓋然性説をとる通説を非難します。*8

 

証明度をどう考えるか

私自身、法律の学習をし始めて司法修習を修了するまでは、当然のごとく通説通り高度の蓋然性の見解を支持しており、特に疑問を持つことはありませんでした。訴訟において証明がされたというためには、80%の証明度が設定されることに何ら違和感を感じませんでした。無意識のうちに須藤説がいう「積極的誤判」にのみ着目していたということでしょう。

 

しかし、弁護士登録をして実務で事件処理をしていく中で、明らかに有意な証拠を出ているのに、裁判所が「高度の蓋然性」を盾にその事実を認定しないといった例に何度か出くわしました。また、同業者や学者の中で、高度の蓋然性説に対する批判的な見解に触れるようになり、共感を持つようになりました。

 

私としても、積極的誤判を避けるあまりに高い証明度のハードルを課した結果、消極的誤判のリスクを高めるのは問題であり、積極的誤判・消極的誤判いずれにも配慮した証明度を考えるべきと、今では思っております。

「精密司法」というと聞こえはいいですが、結局それは消極的誤判に眼をつぶることになりかねないと思います。

 

よって、現時点では私としても、須藤説を支持し、少なくとも双方の立証に6:4程度の優劣さがあれば、事実を認定するに足りる証明度に達したとしてよいのではないかと考えています。

 

民事訴訟以外の場面での証明度

以上の証明度を巡る議論は、民事訴訟を前提としたものでした。それでは、企業内の調査や第三者委員会等の立場で事実認定する場合の証明度はどう考えるべきかという問題ですが、基本的には訴訟における証明度とパラレルに考えてよいと思われます。 

 

よって、原則としては、相当程度の蓋然性として6:4程度の有意差があれば、当該事実を認定してよいのではないでしょうか。もちろん、どのような証拠からどのような理由でその事実を認定したかという判断過程は十分示す必要があります。

 

なお、6.7割の証明度で足りるということは決して事実認定を適当にするということではありません。時間とコストの範囲内で最大限の証拠を集め(関係者からの聞き取り、書類や電子データの収集)、徹底的に分析をすることは当然の前提です。

 

犯罪事実の認定に近いものであれば、証明度はより高く、他方で不祥事が起こった背景について認定するものであれば(どうしても推測や仮定を伴うことになるので)そこまで厳格な証明度は求めないといった柔軟な判断はあり得るでしょう。なお、日弁連の企業等不祥事における第三者委員会ガイドラインでも、「法律上の証明による厳格な事実認定に止まらず、疑いの程度を明示した灰色認定や疫学的認定を行うことができる」とされています。

 

 

結論をまとめると以下の通りです。

 

民事訴訟における証明度は、原則として、相当程度の蓋然性として6.7割程度で足りる(8割以上までは求めない)

・訴訟ではない、第三者委員会や社内調査等における事実認定の場合も基本的には同様

・徹底的な証拠収集・分析は前提とし、ある事実の有無を認定するにあたっては、証明度を意識しておくことが重要。また、認定の理由付けについては必ず説明できるようにする

 

*1:須藤典明「民事裁判における原則的証明度としての相当程度の蓋然性」(民事手続の現代的使命 伊藤眞先生古稀祝賀論文集)有斐閣342頁

*2:中野貞一郎他「新民事訴訟法講義 第2版補訂版」(有斐閣)p351〔青山善充執筆〕

*3:前掲345頁

*4:前掲345頁

*5:前掲341頁

*6:太田勝造「統計学の考え方と事実認定」(民事手続の現代的使命 伊藤眞先生古稀祝賀論文集)有斐閣)89頁

*7:前掲90頁

*8:前掲90頁

決定の木と法務

 

先日、ツイッターでのご縁で、@syobon _nu22さんと「数理法務概論」をテーマに意見交換させていただきました。

 

 

数理法務概論 -- Analytical Methods for Lawyers

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  • 作者: ハウェル・ジャクソン,ルイ・キャプロー,スティーブン・シャベル,キップ・ビスクシィ,デビッド・コープ,神田秀樹,草野耕一
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 色々と議論させていただく中で、第1章の意思決定分析で紹介されている決定の木(デシジョンツリー)は、法務においても有用なのではないかと感じました。

 顧客企業に対して法的な問題点や見通しを説明する際の資料としては、どうしても文字がびっしり書かれた緻密なメモになりがちです。もちろん、正確性を期す必要があるし複雑な内容を説明するためにはある程度長文になるのは避け難いと思います。

 

 ただ、顧客企業にとって法律用語が羅列された文字だけのペーパーというのは読むのも苦痛ということが多いでしょう。顧客企業にとっては重要な意思決定(訴訟するかどうか、和解するか、契約を締結するか等)をするにあたっての判断材料を得るために相談していることが多いでしょう。

それが、難解な法律論だけで、それが意思決定にどのように使えるのかを教えてくれなければ意味がないことになります。

 

数理法務概論で紹介されていた決定の木は、考えうる選択肢ごとに得られる利得とその確率を掛け合わせて期待値を設定し、最も期待値の高い選択肢をあぶり出すというものです。このツールをうまく使えば、法律の専門家ではない企業にとっても理解がしやすいのではないかと思います。

 

もちろん、決定の木は万能ではなく限界やリスクもあります。訴訟した場合に得られる金額の確率を出すということ自体、一種のフィクションであり、その数字が一人歩きする危険もあります。

ただ、大事なのは数字を出すこと自体ではなく、決定の木を作成する過程で顧客企業と認識を共有し、納得度の高い形で選択肢を選ぶところにあるのではないかと思っています。

 

説明のためのツールの一つという位置づけで、決定の木を活用してみることは検討の価値があるのではないでしょうか。

 

【書籍紹介】労働事件ハンドブック

 

 

労働事件ハンドブック<2018年>

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  • 作者: 第二東京弁護士会労働問題検討委員会,伊東良徳,?谷知佐子,澤崎敦一,栗宇一樹,澤田雄高,亀田康次,梅田和尊,石田拡時,井砂貴雄,町田悠生子,早田賢史,安藤亮,雪竹奈緒,宇賀神崇,友野直子,師子角允彬,遠山秀,竹内亮,岡本大毅,塚本健夫,
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 労働事件は論点が非常に多岐にわたり複雑です。適正に事件処理をするためには労基法や労働契約法といった法令だけでなく膨大な通達、裁判例にあたらなければならず、そのリサーチだけでも相当な手間と時間がかかります。

 

本書は、労働事件に精通する使用者側・労働者側の弁護士が集まって、労働事件において問題となる論点や法令・裁判例等の情報をまとめています。かなり分厚いですが、その分情報量が多く、自分が担当する案件に関わるテーマにおいてあたるべき情報を確認する上で大変有用です。

また、理論だけでなく、実務的にどのような対応をすべきかといった点も解説されており、事件処理の視点を学ぶことができます。