若手弁護士の情報法ブログ

某都市圏で開業している若手弁護士が日々の業務やニュースで感じたこと、業務において役に立つ書籍の紹介等を記していきます。情報法・パーソナルデータ関係の投稿が多いです。

改正法施行後に賃貸借契約が更新された場合の保証の問題

1月16日、賃貸保証に関して以下のツイートをしました。

 

 

 

それに対し、経文緯武@keibunibuさんから以下のリプをいただきました。

 

勉強不足で、このNBL新年号の座談会(NBL2020.1.1号新春座談会「債権法改正元年を迎えて(1)」‐不動産取引の論点を中心に)の記事を読んでおらず、読んでみたところ、私の上記疑問も含めて非常に深い議論がされており、大変参考になりました。

備忘録も兼ねて、このNBLの座談会記事を中心に、関連する問題点や留意点をまとめておこうと思います。

 

改めての問題点の整理と立法担当者の見解

改正法では、個人が保証人となる賃貸保証については、個人根保証として極度額を定めなければ無効となります(改正465条の2)。

改正法の施行日は2020年4月1日です。

この施行日以降に締結される賃貸の保証契約については、改正法が適用されることは異論がないのですが、元の賃貸借契約とそれに付随する保証契約は施行日前に締結されており、施行日以降に更新された場合、保証契約については改正法と現行法のどちらが適用されるのでしょうか。

 

改正法が適用されるとなれば、極度額の定めが必須ということになり、その影響は大きいです。

 

この点について、一問一答(筒井健夫他「一問一答 民法(債権関係)改正」(商事法務))は、以下のように解説しています*1 

※太字は私が付しました。

 

一般に、賃貸借に伴って締結される保証契約は、賃貸借契約が合意更新される場合を含めてその賃貸借契約から生ずる賃借人の債務を保証することを目的とするものであると解され(最判平成9年11月13日参照)、賃貸借契約の更新時の新たな保証契約が締結されるものではない。そうすると、賃貸借契約が新法の施行日以後に合意更新されたとしても、このような保証については、新法の施行日以後に新たな契約が締結されたものではないから、保証に関する旧法の規定が適用されることになる。なお、新法の施行日以後に、賃貸借契約の合意更新と共に保証契約が新たに締結され、又は合意によって保証契約が更新された場合には、この保証については、保証に関する新法の規定が適用されることになることは言うまでもない。

 

つまり、賃貸借自体が施行日以後に更新されたとしても、施行日前に締結されている保証契約には、従前のまま旧法が適用されるのが原則ということになります。そうなると、賃貸人側としては、原則として、更新の際に、保証人との間で特に極度額等を定める必要はないということになりそうです。

 

※ただし、これはあくまで建物賃貸借を前提とする議論です。平成9年最判の解説でも、借地保証については本判決の射程外としています。よって、以下で述べる議論も全て建物賃貸借を前提とします。

 NBL座談会で指摘された問題点と留意点

NBL座談会では、この問題についてより深い議論がされています。

 

冒頭から、「賃貸借契約について更新する場合には、契約に定めはないものの、保証人からも更新についての意思確認を得ることとしていた」という事例の場合にはどのように考えるべきかという点の問題提起がされています。

この事例において、三井不動産株式会社総務部法務グループ・グループ長の望月治彦氏は、「こういう場合、恐らく保証人には、賃貸借契約更新時に保証内容の確認があることに対する一種の期待がある」として、更新時の新法が適用されると考えて極度額の設定と新法に合わせた対応をとる方が安全であるとします。*2

 

一問一答の上記解説はやや抽象的で分かりにくい部分があったものの、この想定事例ではその解説の射程外といえそうな場面が具体的に述べられています。

 

これに対し、弁護士の岡正晶氏は、「何月何日付保証契約はこの新しい賃貸借契約についても適用される」という確認文言で保証人から確認をとれば、理論的には極度額は不要と考えられるとの見解を示します。*3

 

これらの指摘を受けて、早稲田大学教授・山野目章夫氏が切れ味鋭い解釈論を示します。

まず、「賃借人の債務の根保証が賃貸借の更新後も続くか、という問題は、本質的に当該根保証の意思解釈の問題」とし、平成9年最判が挙げる前提事情*4が変わるような場合にまで、従前の根保証をそのまま継続させることを許容してよいか疑問視される場合はあるとします。

このような例外を考えるべき場合は限られた特殊な場面であるとしつつ、以下のような場合には予防法務の視点からの対応を考えるとします。*5

社会通念上の想定を超え相当に長期に及んだ事例においては(①に対応)、改めて根保証契約を締結し直すこととし、保証人に主たる債務者から同人の現在の資力状況を説明し(②に対応)、そしてまた、極度額を定めて(③に対応)、すっきりさせて新しい根保証契約にする

 

これを受けて、岡弁護士は、上記で述べた確認文言を入れても、山野目教授が挙げた例外的な場合においては、「確認する」という文言を書いたとしても実質は新しい根保証と解釈され、極度額がなければ無効となることがあり得るという見解を述べます。*6

 

まとめのところで、出席者の多くから、旧法が適用される前提で安心することへの警鐘がされています。

月氏「例えば賃料が変わる場合などには、改めて保証人に確認するかどうかを検討して、もともとの保証人の合理的意思の範囲を超えているようであれば、これは新法適用と考えて、改めて新法の規律に沿った保証をとり直すということが、ベストプラクティスではないか」*7

 

岡弁護士「大家さんの相談を受けた弁護士としては、保守的にといいますが、できるだけ極度額を合意するよう助言すべき」*8

 

松尾博憲弁護士「旧法が適用されているから、債権者はいつまでも安心してよいということではなくて、しかるべきタイミングで新法の趣旨に沿った保証契約に切りかえていくことも考えなければないけない」*9

 

刺激的で深い議論が繰り広げられており、頭の中で整理・理解することにかなり労力を要しますが、その分非常に勉強になります。

判例の規範を絶対視するのではなく、その前提となった事情を十分考慮し、その事情に変動がある場合には規範も変わり得るという、ある意味当然ではあるのですがついおろそかになりがちな基本に立ち返ることの重要性を改めて思い知らされました。 

 

賃貸人としてのとるべき対応

改めて、冒頭の問題提起において、賃貸人としてはどのような対応をとるべきなのでしょうか。

NBL座談会で交わされた議論を踏まえ、自分なりにまとめると、以下のようになると考えます。

 

①賃貸借契約更新の際に、保証人との間でも別途合意する定め、あるいは保証人への意思確認等の手続をしていないケース(おそらく大多数)

⇒旧法が適用される可能性が高い。よって、施行後に更新されても、極度額の定め等は必須ではないといえるか。

 しかし、賃貸借契約が長期に及んだり、賃料等の契約内容が変更された場合には、保証人の合理的意思を超えているという前提で、新たに極度額の定めをしなければならない場面があり得る。

 

②(①のような)定めや確認があるケース

⇒新法が適用される可能性が比較的高く、更新時に極度額の定めをしておいた方が安全

※確認の際に、「何月何日付保証契約はこの新しい賃貸借契約についても適用される」といった確認文言を入れることで旧法を維持できる可能性はあるが、確実というものではない

 

 

いずれにせよ、今回の改正は、保証人保護の方向に大きく傾いていることは明らかです。平成9年最判と、それを前提とする一問一答の解説を絶対視することも危険であり、更新の際には新法が適用されるという解釈もあり得そうです。

上記の①のケースで、原則としては旧法が適用されることになりそうなのですが、保証人側からは新法適用で極度額がない限り無効と争われてしまうリスクはどうしても残ります。

 

大家から相談を受けた弁護士としては、旧法が維持されるという前提で対応し続けることのリスクを十分認識し、それを説明した上で、どこかの段階では極度額を定める形に切り替えるという対応をしなければならないところでしょう。

 

その契約の定め、重要性、保証会社利用のコスト といった様々な要素を考えて契約ごとに対応する必要があると思われます。

*1:384頁(注2)。

*2:6~7頁。

*3:7頁

*4:①更新により主たる債務の原因がたる契約を継続することが通常であって、②保証人となろうとする者にとっても当該継続を当然に予測することができ、そして③根保証における主たる債務が定期的かつ金額の確定した債務を中心とするものである

*5:7頁

*6:8頁

*7:8頁

*8:8頁

*9:8頁