若手弁護士の情報法ブログ

某都市圏で開業している若手弁護士が日々の業務やニュースで感じたこと、業務において役に立つ書籍の紹介等を記していきます。情報法・パーソナルデータ関係の投稿が多いです。

働き方改革関連法案を知るためのお勧めの雑誌

働き方改革関連法案は今年の臨時国会で審議される予定でしたが、例の冒頭解散により先送りされました。来年の通常国会で審議入りされることが予想されますが、野党の反発が強いこともあり成立は一筋縄ではいかないようです。とはいえ、従来の労働法制に大きな影響を与える改正なのでその内容は理解したいところです。

 

働き方改革関連法案の要綱はできているのですが、その内容は決してわかりやすいものではなく、全体像や実務に及ばす影響等は要綱だけ見てもわからず、別途勉強する必要があります。

 

ジュリストの12月号とビジネス法務の2018年2月号が、このテーマを特集しており参考になります。

 

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ビジネス法務は、この法案に関するテーマごとにコンパクトに解説しており全体像を把握するのに役立ちます。また、今話題の労働契約法20条に関する裁判例に触れているのも助かります。

 

ジュリストは、法案に関して労働側・使用者側の弁護士がディスカッションしており、それぞれの立場からどのような評価になるのかを理解する上で有用です。

 

まずはビジネス法務の方を読んで一通りの理解をしてからジュリストに進むという流れがよいのではないでしょうか。

プライバシーポリシーの戦略的な活用の仕方を考えてみる

プライバシーポリシーの作成は労多くして利益少ない?

 中小企業を含め、多くの企業がプライバシーポリシー(「個人情報保護指針」「個人情報取扱指針」等の名称が使われることもあります)を作成し、主にホームページ上で公表していると思われます。

私もクライアント企業からの要請でプライバシーポリシーの作成をしたことが何度かあります。

しかし、率直なところ、企業においてプライバシーポリシーの作成は、労力がかかる割に成果が見えづらい作業ではないでしょうか。個人情報保護法が求める規律(利用目的の定め、保有個人データに関する事項の定め等)を遵守し、不備や漏れがない内容のものを作成するには、相当な時間や労力がかかります。ただ、それだけ苦労して完成させたとしても、実際にユーザーがどこまでそれを見ているのかというと疑問でしょう。

プライバシーポリシーはどの企業でも似たり寄ったりの内容であり、しかもしっかりしたものであるほど長文となりがちであり、多くのユーザーは読まないか、読むとしても斜め読みをしてその内容に関心を持つことは少ないでしょう(ちなみに私自身がユーザーとなっている場合もそうです・・・)。プライバシーポリシーではなく利用規約の場合ですが、サービスを利用する前に利用規約を読んでいるのはユーザーの15%に過ぎないという調査結果もあるようです*1

 しっかりしたものを作るには相当な労力がかかるにもかかわらず、ユーザーの大多数は関心を持たないということだと、プライバシーポリシーを一生懸命作成するモチベーションやインセンティブに乏しくなりがちです。もちろん、個人情報保護法に違反しないため、そしてごく一部の意識の高いユーザーからのクレームにも耐えられるように、しっかりしたものを作ることは当然必要なのですが、「ペナルティやクレームを避けるため」という後ろ向きの動機ではやはりしんどいでしょう。

 

そこで、プライバシーポリシーを何とか魅力ある、そして企業の価値向上につなげることができないか、他の企業の事例も参考にして考えてみたいと思います。

 

ユーザー自身がパーソナルデータを管理する時代に

 ここ最近の報道や文献を見ていると、パーソナルデータに関して、本来の主体であるユーザーに管理やコントロール権限を戻そうという潮流が起きていると感じます。外国では、来年施行予定のEUのGDPR(一般データ保護規則)に、データポータビリティの権利が明記されています*2

また、日本でも、自身の購買履歴や病歴といったパーソナルデータを一元管理する「情報銀行」の構想について本格的な議論が始まっています。

ニュース解説 - 政府が本腰、「情報銀行」って何だ:ITpro

これまでは、ユーザーが無自覚なまま(「同意」をしたという建前はとっていたものの)自身のパーソナルデータが安易に企業に提供され、企業はそれをマーケティングに活用したり他社に提供する等して大きな利益を得るというものでした。しかし、そのような現状については、疑問や不満の声が強くなっております。将来的には、ユーザーが自身のパーソナルデータ をどこに提供するか否か、主体的に判断・選別できるという仕組みが出来上がっていくように思います。そのような未来を見据えた場合、企業側としては、パーソナルデータの取扱いに関して十分な配慮をしているということを積極的にアピールする必要があるでしょう。「消費者の信頼を勝ち得た企業のみが、これまでのような推察ではない、消費者に関する誤りのない詳細なデータを手に入れることできるはずだ」という指摘があります*3

 

これを踏まえて考えると、プライバシーポリシーは単に企業側の免責の文書という位置づけに終わらせるのではなく、より積極的に、ユーザーに安心感・信頼感を持ってもらうための一種の広報として活用することが重要になってくるはずです。

そのためには、ユーザーフレンドリーで分かりやすい内容にする必要があるでしょう。

第1に、 ビジュアルを用いることです。プライバシーポリシーは文書で構成されており長文となりがちなので、ユーザーにとっては読むのも苦痛なはずです。そこで、オリジナルのプライバシーポリシーは維持しつつ、それとは別にユーザー用にパーソナルデータの取扱いに関する自社の方針や姿勢を説明する項目を設けることが考えられます。その項目には、文字だけではなく、ビジュアルを使って視覚的に分かりやすいように工夫すべきです。

この点、例えばヤフージャパンは、プライバシーポリシーとは別に、「プライバシーガイド」というページを設け、そこにはどのようなデータが対象となるのか等についてふんだんにビジュアルを用いた分かりやすい説明がされており、参考になります。

Yahoo! JAPANプライバシーガイド

 

 第2に、ユーザーが疑問や不安に思う点をFAQやQ&Aの形でまとめておくことです。プライバシーポリシーに書かれている文章はどうしても一般のユーザーにとっては分かりづらく、自身が知りたいところ(どのようなデータが対象となるのか、どのような場合に第三者提供されるのか、保存期間はどの程度か等)を見つけ出すのは容易ではありません。そこで、プライバシーポリシーとは別に、多くのユーザーが疑問に思う点をまとめたページを用意しておけば、ユーザーにとっては便利でしょう。

 例えば、アメリカの携帯電話事業者であるベライゾンが提供する「ベライゾン・セレクト」というプログラムの紹介ページでは、FAQが分かりやすい形でまとめられています。

Verizon Selects FAQs | Verizon Wireless

 

 まとめ

 

従前はパーソナルデータの適切な管理というと、どうしてもコスト的なイメージが強かったように思います。しかし、上記で述べた世の中の動きからすれば、単なるコストではなく、企業価値を高めユーザーに選ばれるための投資という意識が重要になってくるでしょう。そのような視点でプライバシーポリシーを工夫して活用することが大事です。

*1:雨宮美季・片岡玄一・橋詰卓司「良いウェブサービスを支える『利用規約』の作り方」(技術評論社)19頁。

*2:

EUデータ保護規則(GDPR)―データ主体の権利⑥:データ携行の権利(Data Portability) – Information Law 情報法参照

*3:城田真琴「パーソナルデータの衝撃」(ダイヤモンド社)268頁

【書籍紹介】AIがつなげる社会‐AIネットワーク時代の法・政策

 福田雅樹他「AIがつなげる社会‐AIネットワーク自体の法・政策」(弘文堂)

AIがつなげる社会--AIネットワーク時代の法・政策

AIがつなげる社会--AIネットワーク時代の法・政策

 

 AIを取り上げる報道が日常茶飯事になって久しいです。AIについては、生活を便利にして世の中が良くなるという好意的な形で取り上げられることもありますが、一方で人の雇用を奪うというネガティブな論調で語られることもあり、どうしてもイメージ先行で語られがちです。

本書は、AIに精通しているエキスパート達(法学者・弁護士が多いですが、哲学者や情報技術者等も含まれています)がAI時代において予想されるリスクや問題を徹底的にあぶり出し、それに対する対策やアプローチの視点を提供するものです。

 2つの座談会と13の論稿が収録されており、テーマもプライバシー、セキュリティ、知的財産、製造物責任、刑事法、憲法、政治、労働と多岐にわたっており、非常に濃密な内容です。あまりの面白さに2日ほどで読了してしまいました。

 

読んでみて、特に参考になった点は以下です。

 第1に、AIによるプライバシー侵害を防止するための仕組みを整えておく必要性です。AIは大量のデータを収集する関係で、個人の私生活に深く入り込みプライバシーを侵害する危険があります。しかし、プライバシーは侵害されると取り返しがつかないという性質上、損害賠償といった事後的な対応にはなじまず、いかに侵害を防止するかという予防の視点が特に重要です。この点、石井夏生利氏の論稿(「伝統的プライバシー理論へのインパクト」)で紹介されていたプライバシー・バイ・デザインの発想が重要になると思いました。

 第2に、法規制に限らずソフトローを含めた広い意味での法によるルールを定めることの重要性です。法というとどうしても規制、ブレーキといったネガティブな論調で語られがちですが、AIのような複雑・未知な分野については、一定のルールを定めておかなければ、そもそも安心して開発を進めることもできません。この点、第Ⅱ部の座談会(「AI・ロボットの研究開発をめぐる倫理と法」)での高橋恒一氏が発言していた、レーシングカーを具体例として、研究開発の能力と意思がアクセル、資金や開発環境をステアリング、法や倫理をブレーキに例えた説明が非常に分かりやすかったです。

 第3に、事後的な検証可能性を確保する仕組みの重要性です。AIが高度化し、更にはIoTによりあらゆるネットワークと連携すればするほど、当初想定もしていなかった事態が生じるリスクは高まります。自動運転等の人の生命に直結する分野については、万が一事故が起こった際には、なぜAIがそのような判断をしたのかという事故原因を解明できる工夫を開発し設計段階に組み込むことが必要であるという、平野晋氏の指摘(「AIネットワーク時代の製造物責任法」)は大切だと思いました。

 

きたるべきAI時代がどのような社会になるか、もちろん正確な予測はできませんが、AIの有用性を活かしつつもリスクに適正に対処するための視点を持つために本書は必読でしょう。

 

 ※はしがきを見ると、本書の編集は登健太郎氏のようです。氏は「アーキテクチャと法」の編集にも携わっておられます。「アーキテクチャと法」も今後の社会における法の役割を考える上で大変参考になりました。

 

アーキテクチャと法」に関する下記の記事はこちら。

wakateben.hatenablog.com

 

【書籍紹介】大久保紀彦他監修「『民法改正』法案」

 

「民法改正」法案

「民法改正」法案

 

 大久保紀彦他監修「『民法改正』法案」(中央経済社

 

雨後の筍のごとく膨大に出ている民法改正本の中でも、本書は新旧の条文を並べるというシンプルな構成です。条文を掲載するだけの本は既にいくつか出ているのですが、本書は条文のすぐ下に「ミニ解説」も併せて記載されており、改正の内容や改正の理由等がコンパクトに解説されています。条文を読むだけだと、その改正が具体的にどのような意味を持つのかがいまいち理解しづらいことも多いのですが、このミニ解説のおかげで、理解が深まります。

もちろん、改正内容の詳細を理解するためには別途分厚い解説本にあたる必要がありますが、正直、条文とにらめっこしながら分厚い本と格闘するのはエネルギーが必要です・・・。この本は、薄いサイズなので、通勤途中やちょっとした待ち時間に手軽に読むことができる点でよいです。条文だけだと分かりづらい、ただ、分厚い解説本を今は読む気にはなれないという人にとっては、まず改正の条文と内容をざっと理解する上でお勧めの本です。

 

【書籍紹介】Q&Aで分かる中小企業のためのM&Aの教科書

 

Q&Aでよくわかる 中小企業のためのM&Aの教科書

Q&Aでよくわかる 中小企業のためのM&Aの教科書

 

 M&A専門会社の社長が著者で、M&Aについてよくある疑問に対して回答する形でまとめられた本です。

専門書というよりは、M&Aを考えている中小企業の経営者向けの入門書という位置づけです。

この手の本では、著者の営業の手段として、自社がいかに優れているかをアピールする傾向が強いように思いますが、本書はよくありがちな自己アピールは強調されておらず、比較的落ち着いた内容で淡々と説明をしています。分量はコンパクトですが、M&Aに関する重要な点はほぼカバーされており、これを読めばM&Aの全体像がイメージできるようになります。

 

弁護士がM&Aに関与する場合は、秘密保持契約書・基本契約書といった契約締結、法務デューデリジェンスという場面が多く、関心も法務面に集中しがちですが、本書はそもそも何のためにM&Aをするのか、M&A実施後に円滑に業務が進むために心がけること等、より幅広い視点での記載が多く、参考になりました。

弁護士が読んでもためになりますが、顧問先等でM&Aに興味を抱いている経営者にも勧められる本です。

【書籍紹介】「認容事例にみる後遺障害等級判断の境界‐自賠責保険の認定と裁判例‐」

 

認容事例にみる後遺障害等級判断の境界?自賠責保険の認定と裁判例?

認容事例にみる後遺障害等級判断の境界?自賠責保険の認定と裁判例?

 

 交通事故事件における後遺障害の認定は永遠のテーマです。

本書は、自賠責段階で非該当とされたが訴訟で後遺障害との認定を得たり、自賠責での等級よりも重い等級を訴訟で獲得した事例を、各部位ごとに紹介しています。

具体的にどのような点に留意していて立証を試みたか、どのような資料を証拠として提出したかといった訴訟実務において特に重要な事項をコンパクトに紹介してくれています。

 

後遺障害等級の認定自体が難しい事例など、判断が微妙なケースにおいては重宝するでしょう。

 

【書籍紹介】「小説医療裁判」:ストーリー仕立てで医療訴訟の流れが分かる

 

小説 医療裁判―ある野球少年の熱中症事件

小説 医療裁判―ある野球少年の熱中症事件

 

 医療事件は専門訴訟の1つですが、患者側代理人として関わる場合は勉強すべき量が膨大であること、理論的にも難解で過失をどのように構成するかを十分詰めなければならない等、特に難易度が高い事件類型だと思います。

常時医療事件を抱えているような一部の弁護士を除いて、たまに医療事件(患者側)を行う弁護士にとっては、手探りで進めていかなければなりません。

 

本書は、若手弁護士が初めて医療事件を受任して訴訟提起し、尋問や鑑定を経て最終的に勝訴判決を得るという流れをストーリー仕立てにしたものです。著者が患者側代理人として経験豊富な弁護士というだけあって、比較的コンパクトな分量ながら、これを通読すると医療訴訟の流れを一通り理解することが可能です。

ルンバール事件最高裁判決の解釈など、医療事件の第一線で活躍されてきた著者ならでは鋭い分析が見られ、読んでいて飽きません。

 

医療事件を始めて担当する弁護士にとっては全体のイメージをつかむのによいでしょう。