若手弁護士の情報法ブログ

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自粛要請に違反して飲み会等に参加し、新型コロナウイルスに感染した従業員に対する懲戒処分の可否

1 問題の所在

新型コロナの第3波の状況が深刻になっており、首都圏に緊急事態宣言が発令される見通しのようです。

年末年始の風物詩であった忘年会・新年会を取りやめた企業も多いでしょう。

会食によるクラスター感染が連日報道されており、企業としては従業員に対し、業務終了後にも居酒屋等に行くことの自粛を要請しているところも多いと思われます。

 

さて、そのような自粛要請にもかかわらず、従業員が酒類を提供する店に行って大人数で会食をして新型コロナウイルスに感染したという場合、懲戒処分を行うことは可能なのでしょうか。

 

2 検討の視点‐私生活上の非違行為と懲戒の可否

会食の場ではクラスターが多く発生しているとされています[1]

そのためには、自社の従業員の安全のため、また、感染した従業員が他の従業員にも感染させることにより事業活動がストップ・大幅な修正を余儀なくされることを防止する必要性はあります。また、レピュテーションリスクも無視はできません。

これらのことからすると、感染リスクが高い行動について、一定の要請をすること自体は認められるものといえます。

 

ただ、この要請がいかなる法的性質のものかは吟味する必要があります。

そもそも、懲戒処分とは企業秩序違反行為に対する制裁罰であり、労働者の行為により企業秩序が害されたことが実質的な根拠となります[2]

 

大前提として、従業員が企業の服務規律に従うのは業務中であり、業務時間外のプライベートな行動については、原則として企業の管理支配は及びません。よって、企業として、プライベートなことについて介入することは原則として許されません。

 

三上安雄・増田陳彦・内田靖人・荒川正嗣・吉永大樹「懲戒処分の実務必携Q&A‐トラブルを防ぐ有効・適正な処分指針‐」(民事法研究会)243頁によると、私生活上の非違行為について懲戒処分をすることができる場面は限られているとしつつ、懲戒処分を検討する場合、①非違行為の性質および情状、②企業の事業の種類、態様、規模、経済界に占める地位、経営方針、③労働者の企業における地位・職種、④その他の事情などを総合的に考慮して、企業秩序や企業の社会的評価への悪影響が相当重大であるといえるか吟味する必要があるとしています。

 

業務外のプライベートな飲み会も私生活上の行為なので、上記の判断基準が妥当するものといえるでしょう。

 

3 飲み会参加した結果、感染にしたことについての懲戒処分の可否

(1)文献での解説

それでは、本件のように、自粛を要請していたにもかかわらず、従業員がプライベートで飲み会に参加して新型コロナウイルスに感染した場合、懲戒処分は可能となるのでしょうか。

この点について、ピンポイントに解説している論稿は、私が探した限りあまり見当たりません[3]

 

小鍛治広道編集「新型コロナウイルス影響下の人事労務対応Q&A」(中央経済社35頁では、要旨、以下のように記載されています。

・再度の緊急事態制限や都道府県知事からの外出自粛要請等があった場合に感染拡大防止のための私生活上の一定程度禁止する指示を出すことは可能である

・ただし、当該指示に違反した事実だけでは懲戒処分はできず、当該指示に違反して旅行等をした結果、新型コロナウイルスに感染した場合には、「会社の名誉・信用を害する行為又はそのおそれのある行為を行った場合」等の懲戒事由に該当するものとして、懲戒処分を科すことは可能

・旅行やゴルフに行ったり、飲み会やカラオケに参加したりした結果、新型コロナウイルスに感染してしまった場合には、社会的な批判が浴びせられるおそれが十分にあり、会社の業務運営や社会的評価に悪影響のあるおそれがある場合といえるので、懲戒事由によくある「会社の名誉・信用を害する行為又はそのおそれのある行為を行った場合」に該当するものとして、懲戒処分を科すことは可能

 

この文献を前提とすると、首都圏で再度の緊急事態宣言が発出された状況で、大人数での飲食を禁止する指示を出したにもかかわらず、その首都圏内にある飲食店で飲食をした結果新型コロナウイルスに感染したようなケースだと、懲戒処分を科すことが可能となりそうです。

 

 

他方、労政時報3999号(令和2年9月11日)156頁以下は、懲戒処分には相当慎重なスタンスです。

すなわち、飲み会による飲食店の利用は、類型的に新型コロナウイルス感染のリスクが高い行為であるとしつつも、感染リスクは、感染拡大・流行の状況に加え、飲食店の形態、混雑の程度、利用時間、店舗および利用客における感染防止対策の有無・内容によって変動、軽減され得るものであり、こうした事情を問わず一律に飲み会を禁止する業務命令は、必要かつ合理的な範囲を超え、無効となる可能性が高いとしています。

結局、この文献では、そもそも懲戒処分が可能なのか、いかなる場合に可能なのかといった点が必ずしも明らかではありません。

 

(2)検討

上記2で述べた通り、私生活上の行動について懲戒処分を発動できるのは例外的な場面であるという前提をまず理解しておく必要があるでしょう。

そして、①非違行為の性質および情状、②企業の事業の種類、態様、規模、経済界に占める地位、経営方針、③労働者の企業における地位・職種、④その他の事情などを総合的に考慮して、企業秩序や企業の社会的評価への悪影響が相当重大であるといえるかといった各要素を総合考慮して、企業秩序の維持の観点から懲戒処分を科すことが妥当といえるかを慎重に検討すべきことになります。

 

それを踏まえると、本件のようなケースで、懲戒処分が有効となるハードルは高く、以下のような状況を考慮する必要がありそうです。

 

・感染拡大状況が深刻かどうか(令和3年1月5日現在でいえば、再度の緊急事態宣言が予定されている東京等の首都圏であれば満たすと思われます)

・当該深刻な地域内での行為であるか

・従業員が行った店が感染防止策を十分講じていたか[4]

・飲食時の態様(人数、十分な距離の確保の有無、飲食時以外のマスクの有無等)

・当該企業の職種や社会的地位(大企業で感染リスクが比較的高い業種である場合には、秩序維持のために懲戒処分有効の方向になるか)

・当該従業員の役職(一般社員より役員や管理職の方が懲戒処分有効の方向になる)

・感染ルートが当該店での会食であることの確度(感染ルート自体が不明であれば、そもそも懲戒処分を行う前提を欠く)

 

3 まとめ

このあたりはまだ裁判例の集積もなく、懲戒処分が有効となるか、またいかなる条件が揃えば有効となるかは不明確なところが多いです。

 

いずれにせよ、私生活上の行為であることから、懲戒処分を行うことはハードルは高く、「けしからん」という理由で安易に処分することの危険性は高いです。

懲戒処分を行うという場合には、合理性・必要性を十分に説明できるだけの根拠を揃えておく必要があるでしょう。

 

 

 

[1] 厚生労働省新型コロナウイルスに関するQ&A」問4 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/dengue_fever_qa_00001.html#Q1-4

[2] 労務行政研究所編「新・労働法実務相談 第3版」(労務行政)307頁【千葉博執筆】

[3] 他に解説している記事があれば是非ご教示いただけますと幸いです。

[4] 例えば、「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針(改正)に基づく外食業の事業継続のためのガイドライン」に沿った対応をとっているかどうか