契約法務についての雑感(+契約関連のブックガイド)
この記事は裏 法務系 Advent Calendar 2019 - Adventar用エントリーです。hrgr_Ktaさんからバトンを受けとりました(縦書きの文章がかっこよかったです・・・!)。
契約法務についての雑感
某関西圏で弁護士として活動してます。顧客の多くが中小企業・個人事業主で、日常的に契約書作成やレビューの案件を取り扱っています。
今回のエントリーでは、当初は、今年読んだ契約関連の書籍のうち参考になったものを紹介していくブックガイドを考えていました。しかし、ただ本の紹介をしても、日常的に契約業務に携わっている(と思われる)法クラ界隈の皆様にとっては当たり前の情報も多く、それだけではあまり面白くないので、これまで取り扱った契約法務の経験において感じたことや意識した方がいいと思った点に加え、補足的にブックガイドもつけようとと思います。
なお、ここでいう契約法務は、大企業同士の契約ではなく、中小企業(それもかなり規模の小さい企業や個人事業主)における契約を念頭に置いています。
1 クライアントにおけるその契約の目的や重要性を意識する
弁護士としての特性から、どうしても紛争や訴訟になったことを念頭に、トラブル対策という視点で検討しがちです。その視点はもちろん大事であり、そこにこそ弁護士が関与する価値があるのですが、他方で大多数の契約や取引はトラブルも起こらず問題なく実行・運用されているはずです。
トラブルのことに神経質になり自社の利益確保に偏りすぎると、契約交渉が難航し、決裂してしまい、大きなチャンスを逃すというリスクがあります。紛争時に想定されるトラブルは意識しつつも過度にこだわるのではなく、ビジネスを前向きに進めるという視点も重要かと思います。その際の検討の視点としては、その契約の重要性(クライアントの事業の根幹にかかわるのか、周辺に過ぎないのか、信頼関係のある相手方か新規取引先か、自社の規模と比べての取引金額の大小等)を把握しておく必要があります。
2 詳細・緻密な条項が最善とは限らない
市販されている契約関連の文献の多くが契約書の雛型を掲載しています。これは、契約書作成・レビューにおいて非常に有用です。
ただ、これらに掲載されている雛型は、非常に詳細な条項となっていることが少なくありません。
条項を詳細かつ緻密にすることは、一見よいことのように思えるのですが、その反面検討項目が増えることになり、契約交渉が長期化・複雑化し無駄な時間や労力がかかることになりかねません。
もちろんケースバイケースであり、例えば自社の事業の将来を大きく左右するような重要度が非常に高い契約の場合においては、自社の命運がかかっている以上、緻密な内容にするだけの合理性があるでしょう。
しかし、そのようなケースだけでなく、むしろルーティンな取引についての契約書作成という案件も少なくありません。そうであれば、フルスペックな条項にこだわらず、特に自社にとって譲れない部分を中心にし、それ以外は民法や商法のデフォルトルールに委ねるといった対応も検討の余地があるかと思います。
3 契約の構成からゼロベースで考える
上記とも重複しますが、顧客の要望を実現するにあたって最適な契約スキームをどうするかを考えることが必要かと思います。
例えば、自社のノウハウを第三者に有償で提供するという場合、フランチャイズ形式ではなく、ライセンス形式にした方がいい場合があります(フランチャイズであれば、フランチャイザーとしてフランチャイジーに対する指導義務が発生したり、契約解除が制限される方向になりやすい)。
クライアント企業が持参してきた契約書の形式にこだわらず、どのような契約形態が望ましいのかをゼロベースで考えることが重要ですね。
4 案件終了時には検討した点や根拠資料を記録化する
契約書作成・レビューで扱った案件は、全て個性があり、案件ごとに苦労した点や工夫した部分があります。
しかし、成果物だけ残っていても、後で振り返った際にその検討の過程が残りません。
そこで、案件が終了した際には、できるだけ記憶が鮮明に残っているうちに、
①どのような視点で検討したか
②どのような点に苦労したか
③どの書籍・文献を参考にしたか根拠資料を明記
といった点を成果物の末尾もしくはコメント欄で残しておくことが、将来同様の案件を検討する際の効率性向上・レベルアップのために大事かなと思っています。
以上、つらつらと述べましたが、私自身上記のことを完全にできているかというとそうではありません。まだまだ至らない部分も多々ありますので、少しでもレベルアップする上で上記のような視点を持ちつつ望まないといけないという大いなる自戒を込めています・・・
今年読んだ契約関連書籍のブックガイド
タイトルの通り、今年読んだ 契約関係の書籍のうち、参考になったものを紹介していきます。
阿部・井窪・片山法律事務所 「契約書作成の実務と書式‐企業実務家視点の雛形とその解説 第2版」
ご存知AIK本。債権法改正に対応した第2版。契約に関わる法務パーソンにとってはバイブル的存在でしょう。個別の条項ごとの理論的な解説とどのような視点で作成・修正すべきかが過不足なく述べられています。改正民法についても丁寧な解説がされています。ただ、条項がやや丁寧すぎるきらいがあるので、これを担当する案件の契約にそのまま使うのは、かえって不相応になりうるのではないかと思います。フルスペックな条項として大いに参照しつつ、無批判にコピペしないということが必要と感じます。
滝琢磨「契約類型別 債権法改正に伴う契約書レビューの実務」
債権法改正に伴い、契約書をどのように修正すべきか。本書は、テーマごとに、現行法と改正法の条文対照表を掲載した上で修正すべき視点を解説しており、一覧性の意味で有用です。
弁護士法人飛翔法律事務所編 「改訂3版 実践 契約書チェックマニュアル」
個別の条項ごとに、冒頭にチェックポイント、そして売主有利、買主有利な視点の修正案を提示してくれており、ざっと確認する上で便利です。書式集にとどまらず、契約書の体裁や契印の仕方や印紙税についても解説し、末尾には契約に関する用語集も掲載しており、初心者がまず最初に手に取る本として最適でしょう。
鈴木学・豊永晋輔「契約書作成のプロセスを学ぶ(第2版)」
法務部長と新人法務部員の会話を通じて、契約書をどのような視点で修正すべきかのプロセスを分かりやすく解説しています。
市販されている書籍の多くが、模範答案あるいは最終版としての 契約書を掲載していますが、本書ではまず新人法務部員が作成した(不十分な)契約書をベースとして、それを適切な形に修正する流れになっており、参考になります。
辺見紀男・武井洋一「法務担当者のための契約実務ハンドブック」
債権法改正による契約実務への影響を、理論的な背景をもとにコンパクトに解説しています。テーマごとに、改正による対応が必要な部分と必要ない部分を分かりやすく示してくれているので、助かります。
喜多村勝徳「契約の法務」
そもそも契約とは何か、契約の成立・不成立、無効・取消となる場合から始まり、典型的な契約条項ごとに理論的な根拠や判例を解説しており、契約の本質から深く検討する上で有用です。国際的なルールであるユニドロワ国際商事原則を適宜引用・紹介しており、契約に関する普遍的な視点を得ることができます。
淵邊善彦・近藤圭介「業務委託契約書作成のポイント」
契約書作成・レビューにおいて業務委託契約は頻出ですが、その汎用性の高さの反面、検討すべき法的論点は多いです。本書はコンパクトながら、業務委託に関してよく問題となる法的問題点についてまとめており、業務委託契約書作成のときに真っ先に参照しています。
雨宮美季・片岡玄一・橋詰卓司「良いウェブサービスを支える『利用規約』の作り方」
利用規約作成のときの必携本です。一般の法律書にありがちな難解な言い回しは全くなく、ソフトな語り口で、検討すべき法的なテーマを分かり易く解説してあります。 この種の本は法的な正確性・緻密性を優先するあまり、法的なリスクとその回避方法に偏った解説になりがちです。しかし、本書は、検討すべき法的論点・リスクに触れつつも、「有利な立場を振りかざし過ぎない」(p20)、「炎上の落とし穴」(p165)等、ユーザー視点から物事を考える必要について触れられているのが特徴的です。
満田忠彦他「借地借家モデル契約と実務解説」
借地借家に関する契約書の書式を豊富に掲載。借地法施行当時に設定された契約の更新、借地借家法の適用がない駐車場賃貸借、サブリース契約等、あまり典型ではない類型の契約の条項も記載されているので、賃貸借契約書をレビュー・作成するときに重宝します。
伊藤秀城「第2版 実務裁判例 借地借家契約における各種特約の効力」
借地・借家契約は、借地借家法による強行規定が数多く、どこまでの特約が許されるのか、判断に悩むことが少なくなりません。この本は、借地借家契約における特約の効力が争われた裁判例を豊富に紹介しており、同種の案件を検討する上で有用です。
井上治・猿倉健司「不動産業・建設業のための改正民法による実務対応」
不動産売買、不動産賃貸借、工事請負、設計監理委任の各契約において、債権法改正が及ぼす影響とそれに対応した修正の視点を解説しています。モデル契約条項も掲載しているので、不動産が関わるこれらの取引を扱う際に有用です。
宮下央・田中健太郎他「業種別法務デューデリジェンス実務ハンドブック」
タイトルにある通り、本来は法務DD用の書籍です。しかし、違法な条項を作らないために、担当する案件において、関連する法規制を調査する必要があります。本書は、製造業、小売業、物流業、システム開発業、介護事業、旅行業、飲食業などの幅広い業種ごとに関連する法規制や留意点をまとめてくれているので、契約書作成においても有用です。
契約書作成・レビュー業務は、弁護士あるいは法務部員にとっていわば最初の一歩となることが多いですが、法的な知識・理解を身に付けることはもちろん、経営戦略や財務会計、税務、交渉技術も関係する非常に奥深い分野で、常に勉強が必要と感じています。今後も書籍で勉強しつつ、実践でも創意工夫しレベル向上をしていきたいです。
それでは、ahowotaさんにバトンをつなぎます。よろしくお願いします。