若手弁護士の情報法ブログ

某都市圏で開業している若手弁護士が日々の業務やニュースで感じたこと、業務において役に立つ書籍の紹介等を記していきます。情報法・パーソナルデータ関係の投稿が多いです。

【書籍紹介】松尾剛行「AI・HRテック対応 人事労務情報管理の法律実務」

 

AI・HRテック対応 人事労務情報管理の法律実務

AI・HRテック対応 人事労務情報管理の法律実務

 

 

遅ればせながら、新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

本年1回目のブログ記事は、松尾剛行先生の新刊の書評です。

 

最近、人事労務の分野における個人情報保護・プライバシーの問題に関して関心が高く色々と情報にあたっていたところ、松尾先生の新刊が出ることを知りました。

 リーガルアドベントカレンダーでの記事で読んでみたい本として紹介したところ、何と松尾先生本人からご恵贈いただきました・・・!大変ありがたい話です。

 

読み応えのある内容で少し時間はかかったのですが、ようやく通読できたので、特に個人的に印象に残ったポイントを述べさせていただきます。

 

2つの要請の調整という視点

 

人事労務情報管理の場面において、人事労働管理のために情報の収集、保管・管理、利用を行う必要がある反面、センシティブ性の高い情報が含まれていることから慎重に取り扱うことが必要であるという2つの要請の適切な調和が必要であるとします(5頁)。

企業にとって顧客の情報であれば、どちらかというとプライバシーの方が優先される方向で対処されることが多い(顧客情報を利活用するのはその企業の自己責任となる)印象ですが、従業員情報の場合は、企業が安全配慮義務を尽くすためにむしろ積極的に情報を活用することが要請されるという本質的な違いがあることに改めて気づかされました。従業員情報の場合は、ただ個人情報やプライバシーの保護の視点だけでは足りないということですね。

 

また、個人情報保護法やプライバシー法といった情報法だけでなく、職安法といった労働法も視野に入れて検討する必要があるとし、個人情報保護法等において必ずしも禁止されていない行為が労働法において禁止されていることを解説しています(32頁)。情報法だけの視点ではつい見落としてしまいがちなので、これは要注意ですね。

 

 

カバーされている領域、情報の広さ

また、本書で解説されている範囲が、非常に幅広いです。採用、秘密管理、労働時間管理、健康情報、退職等と人事労務が関係する場面を幅広く、かつ緻密に設定し、その場面ごとに企業として留意すべきポイントを解説しています。

 しかも、関係法律はもちろん、裁判例や通達、ガイドライン等、膨大な資料を踏まえて適宜引用してくれており、信頼できる情報ということで大変ありがたいです。

355頁と決して大部ではない分量でありながら、これだけ幅広い情報を要領よく、かつコンパクトにまとめるという松尾先生の手際の良さにはただ驚くしかありません・・・

 レファレンスも素晴らしく、その用語について深く解説されている箇所のページ番号を丁寧に記載されているので、非常に参照しやすいです。

   

労働時間の問題

 

本書では情報技術における労働時間管理の法的課題について解説されています(260頁以下)。 モニタリングとHRテックの活用により緻密な労働時間管理が可能になるとしながら、以下のような法的問題点が生じることを挙げておられます。

①プライバシーの問題

モニタリングも無制限にできるわけでなくモニタリングが有効になるための要件(目的の明示、実施の責任・権限の定め、ルールの策定等)を満たす必要があり、またそれをクリアしたとしても四六時中監視されていると感じる従業員のモチベーション低下に留意すべき

②誤認知の問題

機械だけで判断せず、人間の目を入れて誤認知に対応すべき

③黙認や差別に関する問題

多くの従業員が違反しているにもかかわらず、管理者にとって気に入らない従業員に目をつけて処分を行うという弊害があるので、社会通念に基づき設定されて限度を超えた場合に限り対応する

 

 

テクノロジーの進歩により便利なツールが出てくると、すぐに導入して徹底的に使いたいところですが、その運用も含め十分な検討が必要ということですね。この分析は大変参考になりました。

 

 

情報通信技術やAI等の急激な進化により従来にはなかった膨大かつ精度の高い情報を入手できることで企業にとっては大きなメリットがある一方、それだけ従業員のプライバシー侵害の危険も高まっており、企業としてどのような対応をすべきか非常に悩ましい問題がでています。

業種を問わずどの企業においても大いに参考になります。従業員情報の管理について検討するにあたって真っ先に参照すべき本になるでしょう。