若手弁護士の情報法ブログ

某都市圏で開業している若手弁護士が日々の業務やニュースで感じたこと、業務において役に立つ書籍の紹介等を記していきます。情報法・パーソナルデータ関係の投稿が多いです。

ウェアラブル端末で従業員の行動を分析する場合のプライバシー上の問題点と対応

1 ウェアラブル端末の持つ可能性

 矢野和男「データの見えざる手」(草思社文庫)という本を読了しました。 

 名札型のウェアラブル端末(対面情報、身体的な動き、位置情報をそれぞれ計測できる)を従業員に装着してもらい、そこから得られたデータを分析することで、驚くような結果が出ることが紹介されています。

例えば、コールセンターのオペレーターの受注率は休憩所での会話の活発度が関係しているという結果が示されています。つまり、休憩時間における会話のとき身体運動が活発な日は受注率が高く、活発でない日は受注率が低いというものです(92頁)。

また、安静状態(動きの穏やかな状態)から活動状態に遷移する確率は、健常者の方がうつ状態の人よりもおよそ20%高いとされ、ウェアラブルセンサにより遷移確率の計測が可能でありこれによりその人のストレスレベルを確認できるとされています(134頁)。

他にも、仕事がうまくいく人(運がいい人)の共通点は、自分の知り合いの知り合いまで含めて何人までたどり着けるかという「到達度」が高かったという結果が示されています(154頁)。ここでは、ウェアラブルセンサに組み込まれた赤外線センサにより、誰と面会しているかのデータをソーシャルグラフとして可視化されます。

 

ウェアラブル端末を用いることで、「活気がある」「運がいい」といった漠然としたあるいは定性的な項目を可視化して数値化できるという本書の内容は衝撃的です。ウェアラブル端末をうまく活用すれば、職場における生産性向上を実現できる可能性があります。

 

2 ウェアラブル端末の持つリスク

他方で、ウェアラブル端末は人の行動を長時間かつ正確に把握し分析するものであり、従業員のプライバシーを侵害するリスクがあります。上記で紹介されているウェアラブルセンサは、誰と会ったか、どのような動きをしていたかといった自分自身も気づいていない情報が膨大なデータとして蓄積され、その人の行動パターンや性格、嗜好といった人格が丸裸にされかねません。上記で紹介されているとおり、安静常態から活動状態への遷移の状態を計測することでにストレスレベルの程度、ひいてはうつ状態であるかといった情報すら正確に得ることができてしまします。

その人自身ですら気づいていない内面や身体の情報といった極めてセンシティブな情報が企業に吸い上げられることになります。また、業務時間中ずっとウェアラブル端末を装着させられ行動の一挙手一投足を把握されることは、従業員にとっては監視されている気持ちになり不安にも思うでしょう。

 

このように、ウェアラブル端末の利用は、それまで誰も気づいていない問題点を膨大なデータにより可視化し、企業の生産性を向上する上で強力なツールとなる可能性を秘めていますが、その分副作用やリスクも大きいので、ウェアラブル端末の持つ有用性を活かしつつ、従業員のプライバシーに配慮すると言ったバランスのとった対応が必要です。

 

3 個人情報保護法との関係

 まず、個人情報保護法との関係では、ウェアラブル端末により取得される従業員の行動のデータ(対面情報、位置情報、身体の活動情報等)は、特定の個人を識別することができるものにあたる可能性が高いので、同法2条1項1号の「個人情報」に該当するといえるでしょう。

企業はこの情報を取扱うに際して、できる限り特定した利用目的を定めなければなりません(同15条1項)。*1

そして、従業員からウェアラブル端末の計測データ情報を取得するにあたっては、予め利用目的を公表するか、取得後速やかに利用目的の従業員への通知あるいは公表が必要です(18条1項)。

取得に当たっては不正の手段による取得は禁止されていますが(17条1項)、同意を得ることが義務付けられるわけではありません。ただ、ウェアラブル端末による情報を取得するためには、当然端末を従業員に装着してもらう必要があるので、その理解を得るためにも、個別に同意を得るのが望ましいのではないかと考えます。特に、病歴は「要配慮個人情報」(2条3項)として取得には本人の同意が原則として必要です(17条2項)。そして、ウェアラブル端末の計測により本人のストレスレベル、ひいてはうつ状態の有無を推知できることを考えると、病歴そのものの取得ではないにせよそれに準じるものとして慎重に対応するのが望ましいでしょう*2

 

4 プライバシーとの関係

 企業が従業員のパーソナルデータを取得、管理する場合、個人情報保護法だけではなくプライバシー権にも配慮する必要があります。

 企業が従業員情報を利活用する場合のプライバシーとの関係については、渡邊涼介「企業における個人情報・プライバシー情報の利活用と管理」(青林書院)に解説がされています(385頁)。

 そこでは、プライバシーに配慮した対応として以下のような方策が提案されています。

①制度設計段階:目的をできる限り特定、労働組合や従業員代表との協議

②取得段階:利用目的に照らして最小限にする、従業員に説明する、情報を取得されたくない者は取得対象から外す

③利用段階:利用目的以上に利用しない

④管理段階:管理責任者を決定し、情報にアクセスできる者を最小限にする

⑤本人対応段階:従業員からの相談窓口を設ける

 

 上記の点で個人的に特に重要と考えるのは、②の取得されたくない者は取得対象から外すということです。企業にとっては全従業員のデータをくまなく収集できた方が分析には有用です。しかし、ウェアラブル端末による計測データは非常に細かく詳細なことが分かる分、それだけ従業員の行動パターンやストレスレベルまで明らかにしてしまい、内面への介入(侵襲)の度合いは強いといえます。そうなると、企業にとっては利便性や有用性をある程度犠牲にしても、なお理解を得るために拒否あるいは離脱の自由を保証することが重要だと思います。

 

5 ウェアラブル端末の装着を業務命令として義務付けることの可否

 

補足ですが、ウェアラブル端末の装着を業務命令として義務付けることは可能でしょうか。これは、プライバシーとの関係で深刻な対立を惹起しかねないという点では、強制になじまないものといえます。

雇用契約における労務提供義務は、使用者の指揮命令に従って労務を給付する義務であるから、この義務は使用者の指揮命令権(労務指揮権・業務命令権)を前提とします。ただし、指揮命令権も無制約ではなく、契約で合意された範囲内でのみ許されます*3

 

 そして、プライバシーとの関係では、電子メールやインターネットの私的利用の監視・調査のケースが参考となります。この場合、まずは使用者が監視・調査権限を就業規則やPC使用規程で明定していれば、労働者のプライバシー保護の期待も生ぜず、監視可能とされます。こうした権限が明定されていない場合、監視・調査の必要性と目的の合理性、手段・態様の妥当性、労働者が合理的に期待するプライバシー保護の程度及び監視・調査により労働者に生ずる不利益を考慮して判断するとされています*4

 

これとの対比で考えると、業務改善や体調管理などに役立てる場合というのは不正防止や発見を含む秩序維持の要請に比べると、従業員のプライバシー侵害を正当化する根拠としては弱いと考えます。

そうすると、指揮命令の一環として義務付けることは許されないということになるでしょう。やはり、個別に同意を得るという対応をとるべきと考えます。

 

*1:この義務は厳密には個人情報取扱事業者の義務です。つまり、単なる個人情報ではなく個人情報データベース等を事業の用に供している者です(2条5項)。そして「個人情報データベース等」(同4項)とは、データベースシステムに体系的に整理され記録されている、特定の個人を識別できるデータを含む情報の総体です。よって、個人の情報が体系的に整理されている場合のみ、個人情報取扱事業者にあたることになりますが、ここではあまり厳密には考えずに個人情報取扱事業者に当たるという前提で以下も検討を続けることにします

*2:山本龍彦「プライバシーの権利を考える」(信山社)は、センシティブな事項を一定の制度で予測するプロファイリングは個人情報保護法17条2項にいう要配慮個人情報の「取得」に該当するとの見解です(266頁)。

*3:荒木尚志「労働法第3版」(有斐閣)271頁~272頁

*4:同278頁