若手弁護士の情報法ブログ

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プライバシー侵害の評価に疑問がある判決(京都地判平成29年4月25日)

今年はGPS判決(最判平成29年3月15日)、グーグルへの検索結果削除請求の決定(最決平成29年1月31日)、ベネッセの個人情報流出の判決(最判平成29年10月23日)等、個人情報・プライバシーを巡る重要な判決・決定が相次いだ印象です。その関係で、地裁レベルですが、プライバシー侵害について改めて考えさせられる判決がありますので、紹介いたします。

 

京都地判平成29年4月25日(判例秘書掲載)

事案の概要

 被告(Y)は、インターネット上の電話帳サイトを開設し、過去にNTTが発行した紙媒体の電話帳に記載されている個人の氏名、住所、電話番号をそのサイト上に掲載していた。

同サイトに原告(X)の氏名、住所、電話番号が掲載されており、XはYに対して、プライバシー侵害による損害賠償請求及び同サイトからの氏名・住所・電話番号の削除を求める訴訟を提起した。

その後、Yは、本件訴訟における訴状副本等の訴訟記録(Xの氏名、住所、電話番号、郵便番号が記載されている)を別のサイトに掲載した。

Xは、上記の訴訟において、この訴訟記録の掲載についてプライバシー侵害による損害賠償・同サイトからのXの氏名・住所・電話番号・郵便番号の削除を更に求めた*1

 

 裁判所の判断

 まず、裁判所は、Xの住所、電話番号及び郵便番号は、Xの氏名と結びついてプライバシーに係る情報として法的保護の対象となる旨を述べた上で、概要、以下のように述べた。

・Xは私人であり、氏名等の情報は公共に関する情報ではない

・インターネットに掲載された情報の複製は極めて容易であり、いったんインターネット上に公開されたXの氏名等はいつまでもインターネットで閲覧可能な状態となる

・このような開示のありかたは、紙媒体を用い、配布先が掲載地域に限定されている電話帳への氏名等の掲載とは著しく異なる

・Yのサイト上でXの氏名等を掲載したことは、Xの推定的同意はなく、受忍限度の範囲内ともいえず、公益の優越が認められる場合ともいえないから、その掲載は違法である

 

これに対し、裁判資料をサイト上で掲載したことについては、以下のように判断した。

①住所、電話番号、郵便番号の掲載については、上記と同様、違法である

②他方、Xが本件訴訟の原告である事実及び仮処分の債権者である事実を掲載した部分については受忍限度内であり違法性はない

 

裁判所は、②の結論に至った理由を次のように述べる。 

 

 裁判の公開は、司法に対する民主的な監視を実現するため、絶対的に保障されるべきものであり(憲法82条1項)、当事者の権利義務を確定する訴訟については、当事者の氏名も含め、当然に公開が予定されているものである(民事訴訟法91条、312条2項5号)。・・・そうすると、原告は、本件訴訟を提起し、本件仮処分事件の申立てを行ったことによって、本件訴訟の原告及び本件仮処分事件の債権者として、氏名を他者に知られることを受任すべきものといえる。また、本件訴訟及び本件仮処分事件において審理の対象となっている情報は、特に私事性、秘匿性が高いものとはいえず、原告の氏名と結びつくことによって、原告の私生活上の平穏を著しく侵害するものとはいえない。このことは、不特定多数人を開示の相手方とし、情報の拡散性、情報取得の容易性を特徴とするインターネットにおける掲載行為についても、同様である。 

コメント

 電話帳サイトによりXの氏名、住所、電話番号が掲載された行為についてプライバシー侵害を認めた判断については常識的で妥当なものと考えます。

しかし、裁判資料の掲載によりXの氏名が公開されていることについて、違法性はないという判断には疑問を抱かざるを得ません。裁判所は、裁判の公開の原則により、訴訟当事者の氏名は公開が予定されていることを強調します。しかし、憲法上、裁判の公開が要請されているのは、政治的弾圧が秘密裁判により行われたという過去の経験からその重要性が認識されたことによるものです。*2 政治的弾圧を防止するというのであれば、裁判所に赴いて裁判資料にアクセスすることを認めれば足りる話であって、そこからインターネットでの公開まで甘受しなければならないというのは論理の飛躍があるといわざるを得ません。

そもそも、裁判の当事者であるという情報は、通常人を基準とすると他人に知られたくないと考えるのが素直ではないでしょうか。裁判の公開原則の関係から、当事者であるという情報が他人に知られることについて甘受すべきといえるにせよ、一瞬で情報が拡散するインターネット上での開示まで甘受すべき合理的な必要性はないと考えます。

この判決の考えを前提とすると、裁判の当事者であるという情報をインターネットで公開することは自由にできるという帰結になりますが、そうなるとインターネットでの公開を恐れて訴訟提起を断念するという事態にもなりかねません。

 

 なぜ裁判所が裁判の公開をここまで強調したのか理解に苦しむところであり、もっと丁寧な利益衡量をすべきだったのではないかと思います。

*1:より詳細は経過は、訴訟記録の掲載の後、この書類中の氏名、住所等の情報の削除を求める仮処分が申立てられ、それが認容されていったん訴訟記録が掲載されたサイトが削除されたが、Yは別のサイトで本件訴訟及び仮処分の書類を掲載したというものである。

*2:高橋和之立憲主義日本国憲法」(有斐閣)352頁