最近の情報法・個人情報保護法制関係の論稿紹介
改正個人情報保護法が5月30日に全面施行されたというタイミングもあってか、情報法・個人情報保護法制に関する先端的な議論がされている論稿が多く目につくようになりました。
いくつかご紹介します。
NBL・1100号(2017・6月)
https://www.shojihomu.co.jp/nbl/nbl-backnumbers/1100-nbl
「データ利活用等の先にある社会のために」というタイトルで、パーソナルデータの取扱いに関して、プライバシー権やプロファイリングといった様々な視点からの論稿が掲載されています。
個人的に特に興味を惹かれたのは、プロファイリングのところで、1つ1つの情報だけでは単なる「推知」にすぎないが膨大なデータが集積されることによって「推知」のレベルを超えた分析ができる場合、改正法での要配慮個人情報の厳格な規制との関係をどう考えるかという部分でした。
現代消費者法・35号(2017・6月)
「個人情報保護と消費者」という特集が組まれています。消費者保護の視点から個人情報保護法制をどう考えるかについて論じた論稿が複数掲載されています。
情報法制学会「情報法制研究」
https://www.jilis.org/doc/alis/alis1.pdf
最近設立された情報法制学会の第1回の学会誌です。142頁と大部ですが、無料でダウンロードできます。本当に無料でいいのかと思うくらい、濃密で先端的な論文が収録されています。
今後も情報法・個人情報保護法制分野の動向については興味をもって勉強していきたいと思います。
【書籍紹介】松尾陽他「アーキテクチャと法」
松尾陽他「アーキテクチャと法‐法学のアーキテクチュアルな転回?」(弘文堂)
近時、法学の分野でアーキテクチャという用語が頻繁に用いられてるようになってきています。アーキテクチャとは論者によって定義は異なりますが、本書でははしがきで「人々が行為する物理的な環境を構成し、人々の行動を一定の方向へと誘導する手法」と表現されています。
インターネットの発達に伴い、人々の行動を誘導し、あるいは規制するようなアーキテクチャの構築が比較的容易にできるようになりました。アーキテクチャにはメリットも多いのですが、弊害やデメリットも否定できず、一定の規律が求められているところです。
本書は、そのようなアーキテクチャと法のかかわりに関して、諸分野の法学者による論文や対談をまとめたものです。憲法学、刑法学、民事訴訟法学といった様々な観点から光を当てることで、アーキテクチャの特質、メリット、デメリット、法との異同が浮き彫りになります。
どの論稿も面白かったのですが、私が特に興味をひかれたのは第3章の山本龍彦「個人化される環境‐『超個人主義』の逆説?」でした。これは、利用者個々にパーソナライズされたネット環境において自分の趣味・嗜好に沿った商品を選別して勧める形のアーキテクチャは一見個人の自由を尊重しているように思えるものの、実は「過去の自分」から脱却できなくするという点で憲法13条の定める個人の尊重原理を侵害する危険があるという指摘です。そのような視点を持ったことがなかったので目から鱗が落ちました。パーソナライズされることは非常に便利で合理的ではあるのですが、人間としての自律性を奪うことになりかねないということで、その弊害にも十分注意しなければならないと改めて実感しました。
最終章の座談会も面白いです。はしがきで「本書は同じ問題関心の論者が同じような方向性の結論を出すといった類の書物ではない」と述べるとおり、法学としてのアーキテクチャ論を積極的に評価する論者だけではなく、別段新しい議論ではないとして鋭く批判する論者もおり、読んでいて退屈しません。
パーソナルデータによるプロファイリングが容易にできるようになる現代社会において、アーキテクチャの積極面を活かしつつ消極面をいかに抑えていくかを考えるためにも格好の書籍だと思います。
改正個人情報保護法に関するお勧め書籍
5月30日付で改正個人情報保護法が全面施行されました。それに伴い、改正法に関する書籍が出版されていますが、数が非常に膨大です。
とある研修会にて改正法のことを発表する機会があり、そこで自分なりに色々と本を購入して勉強してみました。そこでの経験をもとに、改正法の解説本としてお勧めの本を独断と偏見で選んでみたいと思います。
岡村久道「個人情報保護法の知識」(日経文庫)
個人情報保護法の基本を知るための入門としてはこれが最適です。ページ数は多くなく、コンパクトながらも図表やチャートをふんだんに駆使して基礎の基礎を分かりやすく説明してくれています。1000円+αという値段を考えると非常にお買い得でしょう。
渡邉雅之「個人情報保護法・マイナンバー制度 法的リスク対策と取扱規程」(日本法令)
こちらは個人情報保護法だけではなく、マイナンバー法の解説も含まれています。 746頁と大部ですが、本文部分の記載は決して多くなく、規程集が豊富に収録されています。いわゆるプライバシーポリシーといった基礎となる規程のみならず、情報の管理等を第三者に委託する場合の業務委託契約書等、個人情報に関して実務上必要となる主要な規程や書式が揃っているので、この本を手元に置いておけば規程を作成する際に大いに役立つでしょう。
第二東京弁護士会情報公開・個人情報保護委員会「完全対応 新個人情報保護法Q&Aと書式例」 (新日本法規出版)
改正の背景、改正で何が変わったか、実際に事業者としてどのような対応をしないといけないのか等々、 改正法を踏まえて生じるであろう疑問についてQ&A方式で分かりやすくまとめられています。また、この本も末尾の書式集が充実しており参考になります。
福岡真之介他「IoT・AIの法律と戦略」(商事法務)
タイトルのとおり、IoTやAIをビジネスとして展開する際に問題となり得る法規制や対応の仕方を解説している本です。幅広い法律が紹介されていますが、その一環として個人情報保護法のことも解説されています。
この本の特色は、単なる条文の説明ではなく、ショッピングモールの運営者という事例を題材として、どのような場面でどの条文が問題となり事業者側としてどのような対処ができるかといったことを事案に即して解説してくれているところです。これにより、個人情報保護法が実際のビジネスの場面でどのように適用され、どのように活用していくのか具体的なイメージを持つことができました。
個人情報保護法は法律だけでなく、規則や政令に委任されている部分も多いうえ、例外事由も幅広く、簡単には理解しづらい法律です。それだけに、正確に内容を理解した上で改正法を踏まえた適切なアドバイスができるようになる上で、上記で挙げた書籍はとても有用だと思います。
書籍紹介 水野佑「法のデザイン」
水野佑「法のデザイン」(フィルムアート社)
クリエイターやデザイナー・アーティストらの権利擁護の業務に携わっておられる水野佑弁護士による著書です。
規制を守らせる・強制させるといったネガティヴで堅苦しい(もっと言えば鬱陶しい)というイメージで語られがちな法ですが、本書では法の持つ可能性・柔軟性に着目して、未来が予測しづらい高度情報社会において法を活かすことでイノベーションに寄与できることが語られています。
現代は有史以来、技術の発展と法規制の乖離が最も激しい時代であり、規制が追い付いていない法の「余白」について契約で柔軟に定めること(法をデザインする)の重要性が強調されています。
その上で、写真、音楽といった文化産業から不動産、家族に至るまで、幅広いテーマについて現状見られている新たな動きと今後の動向について著者の分析と予測が示されています。
弁護士業務においてブレーキやストップをかける方向に法を使うことが多く、関係者から煙たがられ、仕事のモチベーションが上がらないこともあります。もちろん、致命的な結果にならないようストップをかけるということは重要ではありますが、未開拓の分野において法を「デザイン」することは非常に魅力的だと感じました。
時代の最先端で奮闘している弁護士の斬新な発想に触れ、日々ルーティンワークとなりがちな弁護士業務の未来の可能性を感じさせてくれる本です。
書籍紹介「建築瑕疵の法律と実務」:法律と建築の基本がわかる
岩島秀樹他「建築瑕疵の法律と実務」(日本加除出版)
建築瑕疵の訴訟は知財、医療過誤、税務等と並ぶ専門訴訟です。建築瑕疵事件のハードルが高い点は、建築請負分野における法律構造や判例理論といった法的問題が複雑であることに加え、「瑕疵」に当たるか否かの判断において建築の専門的知見が必須であることです。つまり、建築瑕疵事件を取り扱う弁護士は、建築に関する専門書を読み込み一級建築士にも相談して方針を立てなければならず、多大や労力や時間がかかります。
特に、建築の素人である弁護士にとって難しいのは、問題となっている工事の内容が通常の水準から逸脱しているのか否かの判断です。これは建築の専門家でないと相場観も含めて分かりません。
本書は、弁護士と建築士による共同執筆という形で、建築瑕疵事件においてよく問題となる工事類型ごとに、標準的な施工方法と裁判例に照らして瑕疵となるケースをまとめたものです。これを読むことで自分が取り扱う案件の工事内容が標準的だったのかどうかある程度の見通しを立てることができ、建築士と協議をする際にも十分な予備知識を得ることができるでしょう。もちろん、訴訟をするにあたってはより専門的な文献にもあたる必要があるでしょうが、最初の見通しを立てる上のガイドとして最適です。
建築瑕疵事件を取り扱う際の必携書といえるでしょう。
膨大な資料を整理するコツ
仕事の上で膨大な資料を読む必要が生じることはよくあります。例えば交通事故や医療過誤事件におけるカルテでは、入通院歴が長くなると1000頁を超えることも珍しくありません。また、控訴審から受任する場合には当然一審の記録が前提となっており、一審判決のみならず準備書面や証拠、尋問調書を含めると相当な分量になります。
この膨大な資料の中から依頼者にとって有利な証拠となる部分を見つけ出す作業をしていくことになります。そのためには資料のどこに何が書いているかを整理してまとめることが必要となります。
この整理において最も重要なポイントは、資料の最初から最後まで全てページ番号をつけることだと考えています。
当然重要な箇所には付箋をつけますが、付箋が多くなるとかえって見づらいですし、付箋が剥がれることもあり得ます。
ページ番号をつけると「この記載は〇頁に書いている」という整理ができ、その記載がある箇所を確実に把握することができるというメリットがあります。
私は、資料の中の重要な部分をピックアップしたものを別途エクセルなどの整理表でまとめ、記載内容と該当するページ番号を一緒につけています。これにより、かなり作業は効率化されます。
膨大な資料を整理するときにページ番号をつけるという方法は、単純なようですが思っている以上に作業がはかどりますので、是非お試しすることをお勧めします。
書籍紹介「企業労働法実務入門」:使用者側からの労働法の使い方のイロハが分かる
倉重公太朗他「企業労働法実務入門」(日本リーダーズ協会)
企業労働法実務入門―はじめての人事労務担当者からエキスパートへ
- 作者: 企業人事労務研究会,倉重公太朗
- 出版社/メーカー: 日本リーダーズ協会
- 発売日: 2014/05
- メディア: 単行本
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主に企業側からの視点から、労働法は何のためにあるのか、どのような場面で使うのかを解説した本です。入門と書かれているとおり、難解な説明は極力省いており、労働法に関するテーマについて満遍なく平易に解説されています。また法律の解説だけではなく、人事組織マネジメントの基礎や社会保険・労働保険の基礎の説明もあり、これを読めば、企業側から見た人事労務の基礎を一通り学ぶことができます。